和歌山県立近代美術館

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生誕120年記念 保田龍門

生誕120年記念 保田龍門

会期: 9月17日(土)~12月4日(日)

生誕120年記念 保田龍門

保田龍門(やすだ・りゅうもん)の生誕120年を記念して、特集展示をおこないます。

龍門は、1891(明治24)年5月に和歌山県那賀郡龍門村荒見(現在の紀の川市)に生まれました。本名を重右衛門(じゅうえもん)といい、5人兄弟の末子、生家は農業を営んでいました。粉河中学を卒業し医学を目指しますが、美術への思い絶ちがたく、20歳を過ぎてから東京美術学校(現在の東京藝術大学)西洋画科に入学しました。

在学中に二科展に入選するなど、その才能を開花させ、卒業のために制作した作品は文部省美術展覧会(文展)で特選を得ます。その後、活動の舞台を日本美術院の研究所に移し、油絵とともに彫塑研究にも励みました。1920(大正9)年には早くに渡米していた実兄を訪ね、その後アメリカを横断、翌年にはヨーロッパに渡り、ブールデルの教えていたパリの美術教室で学びます。帰国後、結婚して郷里の龍門村に西村伊作設計のアトリエ付き住居を建て、作家としての新たなスタートを切ります。

日本美術院の展覧会(院展)を発表の舞台とし、のちに大阪に出て、戦後は大阪市立美術研究所、続いて和歌山大学学芸学部(現在の教育学部)で後進の指導にあたりました。

1939(昭和14)年、和歌山県庁に壁彫二面を設置、1941(昭和16)年、伊豆下田に《吉田松陰像》を設置、1954(昭和29)年、和歌山市の紀陽銀行本店に壁彫四面を設置、1951(昭和26)年より10年以上をかけて名古屋市平和堂の全体計画をまとめるなど、全国各地に多くの公共的作品ものこしています。1965(昭和40)年2月、大阪府堺市の自宅で逝去しました。

このたびの特集展示では、美術学校時代の油彩画、デッサンから欧米留学の成果である彫刻《少女》、戦時中の油彩画大作《光明皇后賜療》、絶作となった《南方熊楠像》(原型)、また当館では初めて公開する作品も交え、その全体像をご紹介します。穏やかななかにもしっかりとした造形力をもちえた、その力量をご覧いただきたいと思います。

出品点数はおよそ50点です。


休館日:月曜日  9月19日(月・祝)開館し、翌20日(火)休館。10月10日(月・祝)開館し、翌11日(火)休館

開館時間:9時30分~17時(入場は16時30分まで)

観覧料:一般340(270)円、大学生230(180)円 ( )内は20名以上の団体料金

*高校生以下、65歳以上の方、障害者、県内に在学中の外国人留学生(外国人就学生も含む)は無料

生誕120年記念 保田龍門 画像1
保田龍門《少年》1912

生誕120年記念 保田龍門 画像2
保田龍門《K夫人の像》1920

生誕120年記念 保田龍門 画像3
保田龍門《少女》1925

  

保田龍門《教室》1920〜1923       保田龍門《クリスティーヌの首》1922

 

 

保田龍門《南方翁胸像 原型》1965

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