和歌山県立近代美術館

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コレクション展 2020-春 特集 浜地 清松

コレクション展 2020-春  特集 浜地 清松
浜地清松《赤い帽子》1928(昭和 3)油彩、キャンバス 当館蔵

会期: 臨時休館を経て5月8日(金)開館いたしました。
6月21日(日)まで開催します。

 

開館のお知らせ

 

新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、

2020(令和2)年4月25日(土)から5月6日(水)まで、臨時休館いたしましたが、5月8日(金)より開館いたしました。

ご来館のみなさまには感染拡大防止のため咳エチケットなどへのご理解、ご協力をお願いいたします。

 



 

 

1963(昭和38)年に和歌山城内に開館した和歌山県立美術館を前身とする当館は、日本で5番目となる国公立の近代美術館として、1970(昭和45)年11月、県民文化会館1階に開館しました。ここで23年間活動したのち、1994(平成6)年に、建築家の黒川紀章が設計した現在の建物へと移転し、展示空間や保存環境を拡充させました。開館以来、当館は和歌山ゆかりの作家を中心とした展覧会活動や収集活動を継続し、現在ではその範囲を国外にまで広げ、日本画、洋画、彫刻、版画など、総数1万点を超える作品を所蔵するに至っています。

コレクション展では、所蔵品を通じて幅広い美術の表現に接していただけるよう、季節ごとに展示を替え、作品紹介を続けています。なかでも、展示の主要なテーマとしているのが、「和歌山ゆかりの作家と近現代の美術」です。また、滋賀県立近代美術館のリニューアルにあたり、その休館期間中、同館が誇るコレクションの一部を当館で公開することとなりました。ふたつの近代美術館のコレクションにより、近現代美術の流れをご覧いただけるよう構成し、作品を展示しています。





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1 モーリス・ルイス《ダレット・ペー》1959(明治 34)アクリル絵具、キャンバス 滋賀県立近代美術館蔵

2 佐伯祐三《オプセルヴァトワール附近》1927(昭和 2)油彩、キャンバス 当館蔵

3 保田龍門《四季(春夏秋冬)》[昭和初期]油彩、水彩、色鉛筆、紙 当館蔵 2018年度新収蔵作品

4 坂井淑恵《Whale》2017(平成29)油彩、キャンバス 当館蔵 ※2019年度新収蔵作品



【会場】和歌山県立近代美術館 1階展示室

【開館時間】9時30分−17時[入場は16時30分まで]

【休館日】月曜日[ただし、5月4日(月)は開館し、5月7日(木)休館]

【観覧料】一般350(270)円、大学生240(180)円( )内は20名以上の団体料金

*高校生以下、65歳以上、障害者、県内に在学中の外国人留学生は無料

*毎月第4土曜日(4月25日、5月23日)は「紀陽文化財団の日」として大学生無料

【関連事業】5月4日(土)>中止いたします6月20日(土)14:00->中止いたします

フロアレクチャー(学芸員による展示解説)要観覧券

新型コロナウイルス感染症の拡大状況に鑑み、関連事業の開催を見合わせることとなりました。ご理解くださいますようお願いいたします。



〘 特集 浜地 清松 

アメリカ、そしてフランスで学んだ和歌山県出身の洋画家・浜地清松(1885〜1947)を、浜地と交流のあった作家や同時代の作家たちとともに紹介します。

和歌山県からは戦前、多くの人々が移民としてアメリカに渡っていますが、浜地もそのひとりです。紀伊半島の南端にある和歌山県串本町津荷に生まれた浜地は、1901(明治34)年に兄を頼って渡米します。そして1909(明治42)年にボストン美術館附属美術学校を卒業後、ニューヨークに移り住みました。ニューヨークでは、図案制作などで生計を立てながら作品を制作し、郷里に近い太地町出身の石垣栄太郎(1893-1958)や岡山県出身の国吉康雄(1889-1953)ら同地の日本人画家たちとも交流しています。1920(大正9)年に帰国した後は、郷里の少し北にある新宮市で洋画研究所を開きますが、1925(大正14)年に再び渡米。1927(昭和2)年にはパリへ渡りました。パリ滞在中に大きな公募展(サロン)に何度か出品して入選を果たし、1928(昭和3)年に帰国してすぐの帝展(帝国美術院展覧会)では、《赤い帽子》が特選となるなど評価を高めました。翌1929(昭和4)年には、第一美術協会の結成に参加。1947(昭和22)年に逝去するまで同会や帝展、新文展などを中心に活躍しました。

古典的でアカデミックな作風を展開した浜地の作品は、例えば同時期にパリに滞在した佐伯祐三(1898-1928)たちと比較すると、「新しい」絵画ではないかもしれません。しかしその執拗な描写と画面構成は、浜地独自のもので不思議な魅力を放っています。浜地は残された作品が少なく、経歴にも不明な点が多いのですが、近年少しずつ作品や情報が集まってきました。この特集は、浜地清松の没後、初めて作品がまとめて紹介される機会となります。

浜地清松、石垣栄太郎、国吉康雄、清水登之、澤部清五郎、霜鳥之彦、鹿子木孟郎、佐伯祐三、川口軌外、木下義謙、園部邦香、狩野光雅、建畠大夢、大亦観風、青山熊治など(順不同)


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1 浜地清松《暖炉》1911(明治 44)油彩、キャンバス 当館蔵

2 浜地清松《静物》1922(大正 11)油彩、キャンバス 当館蔵

3 浜地清松《裸婦》1928(昭和 3)油彩、キャンバス 当館蔵

4 澤部清五郎《紐育の花売り》1912(大正元)水彩、紙 当館蔵 

5 作者不詳《サンクスギビングデイ》1912(大正元)水彩、紙 当館蔵 

6 国吉康雄《乳しぼり》1921(大正 10)油彩、キャンバス 当館蔵

7 川口軌外 《キャフェにて》1927(昭和 2)油彩、キャンバス 個人蔵

鹿子木孟郎《牛背之牧童》1921(大正10)顔料、絹 当館蔵

9 建畠大夢、狩野光雅、浜地清松(共作) [垣根の少女] 大正期  墨、紙 当館蔵



略歴:

1885(明治18) 和歌山県東牟婁郡古座町津荷(現在の串本町)に生まれる。

1901(明治34) 兄を頼って16才の時渡米。ンノゼ・ハイスクール(カリフォルニア)からボストン美術館付属美術学校へ進学。

1909(明治42) 卒業後、ニューヨークに移る。雑誌の挿絵や、図案制作などで生計を立てながら画家として活動したという。ニューヨークでは、国吉康雄、犬飼恭平、石垣栄太郎、澤部清五郎といった日本人芸術家たちとも交流を持ち、展覧会に出品。

1920(大正9) 帰国し、新宮で新宮洋画研究所を開く。

1925(大正14) 再渡米。

1927(昭和2) ニューヨークで開かれた邦人美術展覧会には石垣栄太郎や国吉康雄らと参加し、油彩3点を出品した。展覧会終了後にフランスに渡る。パリではル・サロン、サロン・ドートンヌなどのサロン展に出品し入選。

1928(昭和3) 帰国し、東京に住む。同年、第9回帝展に出品した《赤い帽子》が特選に選ばれ、翌年には無鑑査で《古典の聯想》を、翌々年には《聖書を持つ少女》を出品。

1929(昭和4) 栗原忠二、青山熊治、片多徳郎、御厨純一、北島淺一、江藤純平らとともに第一美術協会を結成し、同会を中心に活動する。

1934(昭和9) 和歌山県観光協会の依頼により、南紀美術会の会員、建畠大夢、狩野光雅、園部邦香、木下義謙、大亦観風と共に和歌山、根来、粉河、高野山等を見学、名勝紹介の絵を描く。

1936(昭和11) 文展や新文展に連続して出品。太平洋戦争勃発後は従軍画家として中国戦線を視察するなどし、戦争画も手がけた。

1944(昭和19) 戦時特別展への出品を最後に郷里に戻る。

1947(昭和22) 古座町津荷の自宅にて逝去。


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