和歌山県立近代美術館

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トップページ > 館長からのメッセージ > わが国の近代美術館事情

わが国の近代美術館事情

(1)なぜ、「近代美術館」なのか。

冒頭から私事で恐縮だが、今月24日は、早いもので、私の65回目の誕生日となる。そして、私が生まれた前年の1951(昭和26)年、わが国ではじめての近代美術館が、神奈川県の鎌倉に開館した。翌年、東京・京橋に国立近代美術館(現・東京国立近代美術館)が開館。この年には、全国美術館会議も設立されたが、わが国の近代美術館の建設事情をふり返れば、ほぼ私の人生と歩みを同じくしていて、長いようで短いと実感する。

さらに私は、1980(昭和55)年、兵庫県立近代美術館に学芸員として職を得た。兵庫は、神奈川に次いで2番目に開館した県立近代美術館であったが、現在は「近代」の文字はなく、兵庫県立美術館となっているのは周知のとおりである。そして、私がこの4月から勤務している和歌山県立近代美術館は、兵庫近美が開館した1か月後の11月に、和歌山県立美術館から改称して再出発した。和歌山県立美術館が誕生したのは、1963(昭和38)年。この年の3月に、現在の京都国立近代美術館の前身・国立近代美術館京都分館が開館し、私も兵庫に勤務した後、京都に異動したから、何か不思議な縁も感じる。

私の手元には、高校生時代に買った『改訂 全国美術館ガイド』(全国美術館会議編、1968年、200円)がある。そこでは、和歌山県立美術館について、以下のように記されている。

すなわち「当館は、和歌山城のふもと和歌山公園内にあり、多年にわたる県美術家協会の要望と有志の協力のもとに、県当局の英断により、昭和37年7月起工、翌春完成開館された。・・・・・今後は、常設展を設けるよう努めるとともに、各方面の協力を得て、古今東西にわたる優秀な美術作品の特別展観を行うほか、郷土美術家の作品を展示するなどして県下における美術の進歩発展と県民の美的教養の向上推進を図りたい」と。

この『全国美術館ガイド』には、もちろん東京の国立近代美術館、神奈川県立近代美術館は掲載されているが、まだ国立近代美術館京都分館は、紹介されていない。国立近代美術館については、「東西の現代美術を秩序だてて紹介普及させるとともに、現代美術界に種々の刺激を与え、現代美術を民衆の生活に融合させることを目的としている」と記されている。また、神奈川県立近代美術館は、「現代的観点を明確にしているので、その事業は現代美術の国際的交流にも寄与するところが大きい」と書かれ、施設の項目には、「鉄骨アスベストウッド」といった表記も目につき、いかにも時代を感じさせる。

私は、兵庫で15年勤務の後、前述のとおり、1995(平成7)年に京都国立近代美術館に異動した。繰り返せば、兵庫、京都、和歌山と近代美術館勤務を続けてきたことが、今回の「近代美術館事情」を語る契機となっているのである。

 

さて、わが国の「近代美術館」は、どのような経緯で建設されたのだろうか。神奈川県が新たに開設した美術館に、はじめて「近代美術館」という名称が冠されたことが、何よりわが国の「美術事情」を再考する上で興味深い。

当時の『美術手帖』(no.51、1951年12月)には、「日本最初の近代美術館」として、「国立近代美術館建設が二転三転して、予算まで蔵相から棚上げとなってしまい、今や立ち消えの形となった今日、神奈川県立の近代美術館が近郊一の文士村落、鎌倉市八幡宮境内にあるヒョウタン池の畔五〇〇坪の敷地に、ル・コルビジェの弟子であるモダン・アーチスト坂倉準三氏の設計で、工事費約四千万円を投じて建った。本館は近代美術館としては本邦最初のものであり、一般の博物館のように主として古美術の展覧に供するものでもなく、東京都美術館、大阪市立美術館のように現代美術団体展を催すものでもない、新しい生命をもって誕生したものである」とし、その使命のひとつに「県立美術館は、同じように美術といっても、彫刻に絵画に限定せず、建築から写真、商業デザイン、工業デザイン、児童美術などの展覧を計画的に開催し、凡そ美術というものが入って行けるところは生活のどのようなところにも入って行き、国民の生活に役立つものとする」と紹介されている。

神奈川県立近代美術館が、館パンフレットに明記したこの「使命」は、現代でも、なお新鮮に響く。この「使命」の文面にこそ、近代美術館のあるべき姿が表明されている。

それではこれから、さらにこの「館長メッセージ」で、わが国に出現した「近代美術館」について、私なりに思いを綴ってみたい。そして同時に、私のささやかな体験をもとにしつつ、わが国独自に形成されてきた「美術館事情」についても、思いをめぐらせたい。「なぜ、『近代美術館』なのか」と。