和歌山県立近代美術館

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わが国の近代美術館事情4

(4)「和歌山県立近代美術館」の昨日、明日—その1

すでにこの「館長からのメッセージ」拙文でも触れたように、和歌山県立近代美術館の歴史は長く、前身の県立美術館の開館が1963(昭和38)年。さらに近代美術館と館の性格を明確化し、新たな活動を開始したのが1970(昭和45)年の11月。この年には、大阪で万国博覧会が開かれた。そして公立の近代美術館として和歌山は、1951(昭和26)年にわが国ではじめて誕生した神奈川県立近代美術館、和歌山の1か月前(1970年10月)に開館した兵庫県立近代美術館(現兵庫県立美術館)に次いで、全国で3館目という位置にある。

おそらく和歌山県立近代美術館が、上記のように公立の近代美術館として、全国的にみても先駆的な位置につけ、しかも県立美術館の開設から数えても、50年を超える貴重な歩みを刻んでいることは、もっと知られるべき事柄であるだろう。

私事で恐縮だが、この「館長からのメッセージ(1)」でも紹介し、私が高校生時代に買い求めた全国美術館会議の編集による『改訂 全国美術館ガイド』では、英文併記で、東京国立博物館や京都国立博物館など、明治時代に建設された博物館、さらに戦前に開館していた京都市美術館や大阪市立美術館、そして当時、東京にだけあった国立近代美術館や神奈川県立近代美術館とともに、前身の和歌山県立美術館も掲載されている。

ここで和歌山県立美術館の概要について、全文を採録すれば、

「当館は、和歌山城のふもと和歌山公園内にあり、多年にわたる県美術家協会の要望と有志の協力のもとに、県当局の英断により、昭和37年起工、翌春開館された。現在収蔵品は殆どないため、常設展は開けず、専ら文部省を始め他の美術館や県外の個人、団体等の所蔵品を借用し、特別展を催してきたほか、個人、団体等に会場を提供して各種の美術展を催してきた。今後は、常設展を開けるよう努めるとともに、各方面の協力を得て、古今東西にわたる優秀な美術作品の特別展観を行うほか、郷土美術家の作品を展示するなどして県下における美術の進歩発展と県民の美的教養を図りたい」と記されている。

さらに「事業」として、「特別展の開催、会場の提供。美術品の調査研究収集および展示。美術に関する研究会、講演会、講習会等の開催」なども、併記されている。

この文章を、ここであらためて紹介したのは、このガイドの発行が1968(昭和43)年であり、公立美術館の建設ラッシュが起こる、まさにその前夜ともいうべき時代に記されているからだ。

そして、県立美術館開館当初は、「収蔵品が殆どないため」に、いわゆる貸し館的なギャラリー活動を余儀なくされていたことがわかる。続いて「今後は、常設展を開けるよう努めるとともに」という文言に、当時の美術館状況を考慮しても際立つ、「常設展」の意義が明示されている。それというのも、当時、わが国の美術館活動の先陣をきっていた神奈川県立近代美術館、そして国立近代美術館にしても、常設展示会場をもつことなく、いわば自転車操業的に、次から次へと企画展をひらくことによって館運営が支えられてきた事情があるからだ。そうした1950年、60年代の「美術館事情」にあって、いち早く和歌山県が、「常設展」すなわちコレクション展示の意志を掲げていることは驚きだ。しかもそれが、首都圏から離れた和歌山という地で意識されているのも、地方公立館として、先駆的な位置につけているといえるだろう。

そして、このような「常設展」開催のために、コレクションの形成が急務となる。先の引用文からも、「郷土美術家の作品を展示するなどして」とのくだりは、「事業」にも明文化された「美術品の調査研究収集および展示」と呼応して、和歌山県ゆかりの「近代美術作家」の発掘を促す姿勢が示されている。これに応えるように、その後の当館の歩みは、この「事業」推進のための、いわば奮闘史だといって過言ではない。和歌山県立近代美術館は、県立美術館から引き継いだ83点の美術作品を出発点とし、現在、コレクションは14,000点を数え、全国の公立美術館でも有数の質・量を誇る規模にまでにいたっている。

コレクションの3本柱は、「1.郷土作家コレクション」「2.近・現代版画コレクション」「3.戦後美術コレクション」で、これに貴重な個人コレクションの寄贈として、佐伯祐三の代表作を含む「4.玉井一郎コレクション」277点が加わる。「郷土コレクション」には、日本画の下村観山、野長瀬晩花、川端龍子などがあり、洋画の石垣栄太郎、川口軌外、村井正誠、版画の田中恭吉、恩地孝四郎、浜口陽三らさらに彫塑の保田龍門・春彦、建畠大夢・覚造親子らがいる。

これらの作家の顔ぶれを見て特徴的なのは、恩地孝四郎、川口軌外、村井正誠ら、わが国の「抽象」表現を代表する作家たちが、和歌山に結集していることだ。これは「近代美術館」それ自体の活動とも関わる重要な事柄であり、次回は、ここに焦点をしぼって紹介したい。

 

*  今回と次回の拙文は、研究所報『21世紀わかやま』(和歌山社会経済研究所)87号(2017年12月発行予定)に掲載の「近代・美術・美術館—和歌山県立近代美術館の明日」を、大幅に加筆、訂正したものである。