和歌山県立近代美術館

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わが国の近代美術館事情23

わが国の近代美術館事情23

(4)「和歌山県立近代美術館」の昨日、明日―その20

 

予期せぬ新型コロナウイルスの来襲で、美術館も年度末からの工事休館を延長し、連休明けの5月8日から展覧会を再開した。「緊急事態宣言」が解除された後も、府県をまたいでの来館を遠慮いただくという対応に苦慮しながら、ようやく制限の要請が緩和されつつあるとはいえ、なお第2波、第3波の感染も懸念されて、落ち着かない日々が続く。

本来ならば、工事休館明けの4月25日からの開幕をめざしていた「もようづくし」展も、担当学芸員が張り切ってワークショップやシンポジウムなどを企画していたが、対面での3密が予想される事業は、残念ながらすべて中止せざるを得なくなった。とはいえ、県立紀伊風土記の丘や県立博物館、そして県立自然博物館や市立博物館などの協力も得て、様々の美術作品や考古・歴史資料、さらには自然科学系の資料も加えた展示は、なかなか面白い発想で構成されている。同時に、「もよう」という視点に基づいて、縄文時代から現代までの時を超えて作品・資料を集め、ひとつの展覧会会場で呈示できるのも希有な機会ではないかと、あらためて感じた。

加えて、私もはじめて知った和歌山出身の洋画家・浜地清松の特集展示とともに、寄託されている滋賀県立近代美術館の戦後美術を集めた企画を含むコレクション展示も見応えがあり(「もようづくし」展は28日まで、「コレクション展」は21日まで)、ぜひご覧いただきたい。それはまた、本来は当たり前のことだが、日頃は意識することのない実作品の「展示」という「体験」を、あらためて確かめる場にもなると思う。さらにいえば、展覧会そのものについても、内容や形式面を含め、皮肉にもこのコロナ禍によって、再考すべき時期が来たような気がしてならない(これについては、また稿を改めて書いてみたい)。

さて、今回のコロナウイルス感染症は、文字通り想定外の出来事だといって過言ではないが、しかし文部科学省が2011年に告示した「博物館の設置及び運営上の望ましい基準」の最終の第十六条には、「危機管理等」として、「博物館は、事故、災害その他の事態(動物の伝染性疾病の発生を含む。)による被害を防止するため、当該博物館の特性を考慮しつつ、想定される事態に係る危機管理に関する手引書の作成、関係機関と連携した危機管理に関する訓練の定期的な実施その他の十分な措置を講じるものとする。」と明記されている。

1995(平成7)年の阪神・淡路大震災以後、「文化財レスキュー」という活動が定着したが、その後も不幸にして発生した東日本大震災や熊本地震など、こと「災害」という視点では、地震災害がまず想定されてきた。それに加えて、昨年の台風19号の水害による打撃的な被害を受けた川崎市市民ミュージアムの事例も重なったとはいえ、「危機管理」に対しては、なお「自然災害」による被害をどのように防止するかということだけが念頭あったに違いない。しかし正直なところ、「伝染性疾病」について、現代の日本で、果たしてどこまで意識されていただろうか。これは、あの阪神・淡路大震災の時も同様だった。被災した私は、やがて夜明けを迎え、倒壊した家々で見慣れた光景が一変した自宅周辺の状況を目の当たりにして、神戸でこれだから、東京はじめ日本全域が「沈没」したのだと本当に思っていた。まさか神戸でこれだけの惨事を「体験」するなど、考えてもみなかった。さらに東北の「津波」に対しても、こんなことが現実に起ころうとは、ただただテレビで映し出される光景を、唖然として見つめているだけだった。

そんな予期せぬ災害を体験したがゆえに、「自然災害」の恐ろしさばかりに目がいっていたのかもしれない。前回も紹介したように、10年ほど前の夏、新型インフルエンザの発症を確かに「体験」し、当時勤務していた京都・岡崎公園が閑散としていたことを、まざまざと思い出す。当時、開催していた展覧会では、明治時代に第4回内国勧業博覧会が開催されたことをメイン・テーマに、この勧業博でも、京都で発症したコレラの災禍の影響下に「衛生部」が設けられ、公衆衛生キャンペーンという意識があったことを触れていたにもかかわらず、そうした事例は過去のことと受け流してしまっていた。

歴史上の事例からも学ぶことができるという教訓を得ていたはずだったが、今後は、先の「危機管理」の条文が示すごとく、「その他の十分な措置を講じ」ていく必要性に迫られていることは間違いない。そして、「被害を防止するため」とはいえ、とりわけ地震については、予知も難しく、発生の時間帯によっても対応は異なってくる。同じく、国際化をむしろ推進していく状況下で、あらかじめ「感染症」の発生を未然に防ぐことも、館単独でできるような問題でもない。

以前、この「館長メッセージ」でも触れたことがあるが、日本学術会議・史学委員会の「21世紀の博物館・美術館のあるべき姿—博物館法の改定に向けて」という「提言」があった。実は、これに先立つ3年前の2014年6月、同じ史学委員会から「文化財の次世代への確かな継承—災害を前提とした保護対策の構築をめざして―」という「提言」がなされていた。これは、東日本大震災の被災を端緒として、文化財も「災害への備えが日常に不可欠であることを誰もが認識するようになった」(「要旨」より)ことが、「提言」の背景になっている。

この「提言」は、「災害時優先されるのは人命の救出であり、文化財の救出はその後におこなわれる」と明記している。そして、今回のような「伝染性疾病」の対応も、明らかに「人命」を第一とされるべきだが、しかし「自然災害」による「施設や文化財の破壊」をともなわない、「放射能汚染という未経験の災害」(「提言」の「1 はじめに」より)とも響き合う、新たな次元の内実を含んでいるといえるだろう。美術館ほかの文化施設も、さらに「未経験の災害」への対処に踏み出していかねばならない時代へと突入した。

(2020年6月4日)

 

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