和歌山県立近代美術館

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館長のおススメ―8月の一品 古賀春江《海水浴》

 

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古賀春江《海水浴》1922年

今年もまた、「記録」的猛暑になりそうですが、周りを海に囲まれたわが国で夏の暑さをしのぐ一番の行楽は、なんといっても海水浴でしょう。ただ、日本で海水浴が一般化する原因となったのが、幕末から明治にかけて欧米人が持ち込んだ母国の習慣だと知ると、少々意外な気もします。温泉浴などと同じく、最初は医療行為の側面が強かったようですが、明治後期になると恰好の暑気払いということで、庶民にいたるまでが海に出かけるようになりました。そして、普段は和服を着ていた女性たちも洋装の水着に抵抗がなくなり、やがて大正・昭和のモダニズムが女性たちを華やかに彩って、明るい風俗絵巻を海水浴場に繰り広げるようになります。

海辺で思い思いのポーズをとる三人の女性を描いたこの絵は、しかし、何と暗い画面なのでしょう。手前の黒い水着の女性は、海から上がった直後なのか、砂浜で脚を組んで腰を下ろし、身を反らせて思い切り夏の陽射しを浴びるかのようです。左の女性はくるぶしまで漬かる波打ち際で、両手のひらで水をすくって身体を慣らし、今しも海に泳ぎ出すのでしょうか。あるいは、麦わら帽の女の子を、手招きするのでしょうか。いずれにせよ、手前の二人は太腿から臀部、胴、二の腕にいたるまで頑健そうなボリュームで画面を圧します。着けているのも競技用の水着、水泳帽に見えます。

この絵が郷里に近い福岡で描かれた1922(大正11)年は、27歳の作者古賀春江にとって大きな転機の年でした。二科賞を受賞し、同志と前衛的な美術団体「アクション」を結成するなど、将来へ向けてのポジティヴな活力がみなぎる一方、前年には妻が女児を死産し(二科賞受賞作のテーマも《埋葬》でした)、自らの健康不安も加わってネガティヴな気分がつきまといがちでした。そして翌年秋の二科展初日には、関東大震災に遭遇。時代の暗い足音も歩調を合わせるかのようです。「健康」そのものの近代スポーツとは裏腹な暗さが、画面に広がるのはそれが原因なのでしょうか。

その後、クレー調のメルヘン的な空想画や、超現実主義の技法を用いて様々なグラフィック・イメージを油彩画面に組み合わせる大作など、多彩な作品群を発表しつづけた古賀春江でしたが、十年後の1933(昭和8)年、わずか38歳の若さで急逝します。童話を思わせる明るくほのぼのとした雰囲気、またエッジの鋭さを見せるシャープで透明な現代社会の表現がその本領でしたが、しかしなぜかそこには小暗い影が射しています。喪われる生命力への危機意識からか、それとも満たされぬ精神の空洞からなのか、いずれにせよ古賀の画面からこの影が消えることはありませんでした。ただ、それは否定的なものとばかりはいえません。人間の心のひだが持つ深々とした陰翳を示すもので、作品の内部から射して、文明の烈火に焼かれる2013年の私たちにもひと息つける木かげをつくるのです。

9月1日まで、一階展示室の「コレクション展 2013-夏」に展示されています。

 

 

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