和歌山県立近代美術館

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わが国の近代美術館事情12

(4)「和歌山県立近代美術館」の昨日、明日—その9

 

私事で恐縮だが、これまで学芸員として勤務してきた美術館では、なぜか「版画」と向き合うことが多かった。最初に兵庫県立近代美術館に勤務した年(1980年)、今は亡き先輩学芸員が、あの頃わが国でも珍しかった、ジェームズ・アンソールのエッチング作品100点の収蔵にかかわり、その緻密な研究ぶりを間近に見て、多いに刺激を受けたものである。兵庫近美では、国内外の版画が作品収集と展示のひとつの柱となっていた。そして、1984(昭和59)年4月に開催された「現代版画 ロンドン―ニューヨーク」展は、富山県立近代美術館(現富山県立美術館)と栃木県立美術館との共同企画であったが、リチャード・ハミルトンやディヴィッド・ホックニーら英国作家6人と、ジム・ダインやジャスパー・ジョーンズら米国作家6人の多彩な版画作品で構成され、まだ新米学芸員だった私も、アンソールに続いて、海外の斬新な版画作品を目の当たりにした貴重な機会となった。当時私は、普及課に属する学芸員だったが、森村泰昌氏に同展のポスターやチラシのデザインをお願いし、一緒に制作を担当していたことも懐かしい。これは森村氏が兵庫近美(というよりも美術館の)その広報物のデザインを手がけられた最初の出来事であったと思う。

また、兵庫近美といえば、前回も触れたが、当時美術館では唯一といってもいい現代美術展「アート・ナウ」を開催し続けていて、その後この展覧会の展示も担当し、ここでも版画というジャンルが際立っていたことは忘れられない。さらに、後に異動した京都国立近代美術館では、兵庫近美時代にも、教育普及事業として開いていた版画教室でもお世話になった、神戸の版画家・川西祐三郎氏の父・川西英氏のコレクションすべてを譲っていただく機会に恵まれた。そこには当然のことながら、竹久夢二や恩地孝四郎はじめ、貴重な版画作品が数多く含まれ、中には村山知義や、高見澤路直(後年の田河水泡)の名で残された唯一現存するリノカットなども含まれ、驚いたものだ。

幸運にもこうした国内外の近現代版画に接することができた私は、和歌山県立近代美術館に着任し、兵庫や京都とも異なる性格をもつ、この和歌山の版画コレクションの豊かさに驚いた。着任した際に「現代版画の展開」展が開かれていたことにも縁を感じていたが、この展覧会については、前回も触れたとおりである。

和歌山県立近代美術館の版画コレクションの柱のひとつに、いわゆる明治の末から昭和初期にかけて制作された「創作版画」がある。その代表作を集めて展覧会が開催できる強みも当館ならで(たとえば2010年に宇都宮美術館でも巡回開催された「日本近代の青春 創作版画の名品」展など)、今秋にも、岡山県立美術館で、当館所蔵の版画展の開催を予定している。当然のことながら、恩地孝四郎や藤森静雄、田中恭吉らの木版画は、いつ見ても興味はつきない。

ここで、ほとんど知られていない事実というか、個人的にぜひとも紹介しておきたいのが、「抽象表現」と版画(特に木版画)との関わりなのである。「抽象絵画の父」といえば、ロシア生まれで、ミュンヒェンやパリで活動したW.カンディンスキーの名がまず思い浮かぶだろう。このカンディンスキーの最初の抽象画は、彼自身が1911年に制作した《円をともなう絵》という作品だといわれる。しかもカンディンスキーは、この1911年に集中して木版画制作を行っている事実がある。さらにこれらの木版画作品の多くが、1913年に出版された、木版と詩による詩画集『響き』に収められていた。そして、この『響き』掲載の木版画作品を観察すれば、カンディンスキーの「抽象」すなわち「非対称」へといたる、形態の脱対象化への進展を見てとることができる。思い切っていえば、カンディンスキーは、黒白の木版によって形態を吟味しながら、ついに「非対象」の世界へと突入し、それをさらに大画面である絵画制作へとすすめて行くことができたのだ。

その「抽象絵画」にインスピレーションを得て、恩地孝四郎はわが国で先駆的な「抽象」木版画を制作し、1920年代には、先の村山知義をはじめ、いわゆる「前衛」活動も活発化する。こうした動向の背後に、版画という表現技法が果たした役割も見逃せない。その意味で、「版画」という媒体を、近代美術館が展覧会やコレクションによって追求していくのは当然のことである。その一端を、9月からはじまる企画展「和歌山—日本」展でも紹介したいと思っている。

なかなかに刺激的なテーマをはらむ「版画」と「前衛」とのかかわりだが、実は昨年度も当館で、あらためて「抽象」表現にもかかわる展覧会を開催していたことを報告しておきたい。次回は、さらにここに焦点を絞って記してみようと思う。

 

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