和歌山県立近代美術館

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わが国の近代美術館事情17

わが国の近代美術館事情17

(4)「和歌山県立近代美術館」の昨日、明日―その14

前回も記したが、当館は現在空調工事のため、1月から4月26日まで、ほぼ3か月の長期休館中である。しかし、展覧会は開催していないものの、職員たちはこの機会にしかできない作業も行っている。いつもは展覧会場での受付、あるいは監視業務に携わっていただいている方々にも、資料整理等をお願いしている。館によっては、こうした仕事は、日常的にアルバイトやボランティアの人たちに任せていることが多い。けれども、会場での受付、監視業務に従事する方々が、この休館中に学芸資料に触れ、整理などを行うのは、普段とは違う視点から美術館業務を体験し、理解を深める好機だと思う。展覧会を開かないことで、雇用関係が途切れる心配もない。

作品・美術資料を中心とする「第1次資料」、さらに文献はじめ様々の「第2次資料」を有効活用して、美術館活動は前進する。収集資料を整理することによって、調査研究もすすむ。学芸員たちも閉館中にこそ、日頃は手の届きがたいフィールドワークに関わる機会をもつことができる。その一例に、県下の高校をはじめとする学校に収蔵されている作品の調査がある。

学校は、いわば美術作品収蔵の隠れた宝庫でもある。たとえば京都では、明治2年に日本で最初に創立された小学校が保管してきた様々の作品・資料を、一括して収集・保存・展示する京都市立学校歴史博物館がある。京都市立銅駝美術工芸高校には、卒業生のすぐれた作品も多数収蔵され、私も何度か展覧会でお世話になった。

この他にも思い出すまま記してみれば、たとえば夏目漱石の『坊ちゃん』に登場する美術教師「野だいこ」の、そのモデルと言われる高瀬半哉は、後に愛媛県立西条高等学校で教えていた。その高瀬の肖像画が校長室に飾られていて、私も前職の新居浜市美術館で、この作品を展覧会に出品していただいたことがある。京都国立近代美術館には、田村宗立が晩年に祇園で開いた私塾『明治画学館人名簿』がご遺族から寄贈されているが、ここに伊豫國新居郡出身として高瀬半哉の名が載っていることを、私も後に知って驚いた。

また、大阪市立工芸高等学校には、前身の大阪市立工藝学校工藝圖案科で教鞭を執っていた山口正城が赴任時最初期に購入したのであろう『バウハウス叢書』のモホイ=ナジ『絵画・写真・映画』(1930年9月購入)と『材料から建築へ』(1931年6月購入)の原著が、図書台帳に記されているのを見つけた時は小躍りしたものだ。デザイナーで同校出身の早川良雄氏が、「バウハウスの本邦初演の授業が行われていた」と語っていたことを裏付ける証拠ともなるからだ。この『図書台帳』などは、学校で誰も開けたことなく、埃まみれで、朽ち果てて廃棄される寸前の資料だった。

注意したいのは、こうした作品や資料の保存状態である。場合によっては、壁や廊下などに掛けっぱなしで、汚れや傷みも甚だしいものが多い。さらに私事で恐縮だが、先述の《高瀬半哉像》も長く校長室に飾られていて、借用に先立つ作品撮影時に額から作品をはずそうとした瞬間、画面を保護していたガラスを割ってしまうという失態もあった。古いガラスで、壁に掛けられたまま、もろくなっていたようだ。「危ないから割れて良かった」という校長先生の「神対応」に助けられる思いだったが、場合によっては、埃をはたいて気管支炎になる可能性もあるし、触った瞬間に壊れてしまう立体物があることも肝に銘じておかなければならない。調査するに際しては、危険性がともなうことは注意を要する。

ところで先日、和歌山県日高郡由良町の「ゆらふるさと伝承館」で、和歌山博物館施設等災害対策連絡会議の平成30年度研修会が開催された。私も副会長を仰せつかり、参加した。会場となったこの施設は、廃校となった旧由良町立白崎中学校校舎で、正面入り口には「由良中学校」の文字板や校章が残されていた。現在は、由良町の歴史資料や美術工芸品等の保管及び展示を目的としている。旧理科室での報告会や施設見学を終えて思ったのは、教育現場であった学校の有効活用が実現された好例だということだ。しかし、施設は貴重にしても、中学校校舎だったこともあり空調はなく、春の底冷えする寒さの中での半日研修に、風邪をひいてしまったのだが。

学校に遺された作品・資料は、日々授業に追われる先生方には、なかなか気づかれず、その価値も見逃されている場合が多い。それらの学校に、学芸員たちが足を運んで調査する機会を得れば、思わぬ発見もある。そして作品・資料のリストが整備され、情報が共有されれば、災害に際しての文化財レスキューにも有益である。南海トラフによる大規模災害が想定される和歌山県で、この連絡協議会の様々の活動も、重要な使命を担っていると痛感した。

 

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