2.和歌山県立近代美術館という箱

美術館というミュージアムとしての「箱」があれば、たくさんの人がともに美術を楽しむことができるのはもちろん、人類共通の財産である作品や資料を、次の世代に伝えることができます。そのためにミュージアムは、機能的に信頼できる箱であることが第一に求められます。

 和歌山県では、旧近代美術館での20年近くに及ぶ活動の蓄積を経て、新館建設の声が有識者や市民からあがり、多くの検討と協議を重ねて、より広く、安全な保存と展示の環境を備えた新館を建設することになりました。

 選ばれた場所は和歌山大学教育学部の跡地で、和歌山城の南側に位置しています。設計を依頼された世界的な建築家である黒川紀章は、その周辺環境との関係性を考慮し、和歌山城という歴史的存在と対をなすイメージを土台にして、「共生」という基本コンセプトを描きました。建物北側には大きな屋根が突き出していますが、これは刀をイメージしたものです。東側の特徴である三段庇は、天守閣の屋根とネガポジの関係で組み合わさるようにデザインされています。そして美術館・博物館の建物だけでなく、屋外エリアの奥山、そして三年坂通り周辺までを設計し、26年を経た今も、当館は地域のランドマークとなっています。

 もちろん意匠のみを追求するのではなく、ミュージアムとしての機能を十分に果たせるように、設備環境についてはすでに黒川が手掛けていたいくつもの博物館施設の建築を踏まえて、現在の和歌山県立近代美術館・博物館は実現されました。

新館建築にあたっては、数々の設計案が練られました。ここでは採用されなかった設計案の模型をご紹介します。建物が曲型であったり、入口が正面を向いていたり、現在の建物の設計に至るまでにさまざまな計画があったことがわかります。これらの案のなかからE案が採用され、さらにブラッシュアップされて現在の建物は設計されました(ブラッシュアップに使用されたため、E案の模型は当館にはありません)。最終的に階段が正面に配置され、上ったところで振り返って美術館に入る導線となりました。階段は参道がイメージされており、だんだんと非日常空間である美術館へと意識を高めていくような効果が期待されています。
 ここではあわせて、建物を支えるトラス構造の模型や、正面階段の脇に設置された排気口の機能も兼ね備えた灯籠の模型も展示しています。

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アブストラクト・シンボリズム

近代建築の国際様式(インターナショナルスタイル)とは、地域性や文化の違いを超えるグローバルスタンダードによる建築である。私は、グローバルスタンダードとローカルスタンダードの共生する建築を目指していた。
近代建築の遺産である「抽象性」「幾何学」を共通言語として使いながら、その配置の仕方、材料の選択によって、地域性や文化の違いが表現できると考えている。

共生

中学時代、東海学園にて、学園長、椎尾弁匡より学んだ「ともいき仏教」と生物学の「共棲」(キョウセイ)を合せて新しい概念として、私がつくったものである。
調和・共存・融合・妥協とは異なり、「本質的な矛盾、対立があり、しかし、相方が相方を必要としている関係」として定義した。
自然と人間、芸術と科学、先端技術と伝統、理性と感性、精神と肉体、東洋と西洋といった西欧の二元論に挑戦する21世紀の新しい思想、新しい世界秩序と考えている。
建築は、時代精神の表現者であり、21世紀の建築は、共生の建築となる。

和歌山県立近代美術館・博物館

敷地は和歌山城に隣接する台地の上にある。伝統と現代の景観上の共生を計るため、伝統的な屋根庇の重なりを抽象化して使っている。また、石段、燈篭、せせらぎ、能舞台、といった外構造園にも伝統的な造型言語が使われている。外壁のタイルのディテールや色彩にも日本の伝統が抽象的に表現されている。伝統的形態の抽象化によるアブストラクト・シンボリズムの作品である。

出典:『黒川紀章回顧展 共生の思想―機械の時代から生命の時代へ』(2000年、黒川紀章回顧展実行委員会)

黒川紀章関連資料

黒川紀章の思想には、「歴史との共生」とともに「フラクタル」があります。フラクタルは、フランスの数学者マンデルブローが導入した幾何学の概念で、図形の部分と全体が自己相似形になっていることを指す概念です。これによって海岸線や雲、山、樹木の枝分かれなどに見られる複雑な図形が数学的に理論化されました。
 自然界には遠くから見ても近づいて見ても同じかたちが見いだされるというフラクタルなかたちを、黒川は建築にも採用しました。当館の階段の手すりが、なぜ曲線なのか不思議に思われた方もいらっしゃると思いますが、実はその曲線は和歌山県内を流れる紀の川や有田川、古座川などのかたちがトレースされているのです。ドアのハンドルやノブ、美術館内に置かれた椅子、展示室受付カウンターの天板などにもフラクタルなかたちが採用されました。背もたれが赤と黒の椅子は日頃館内で使用しているもので、展示室内でも実際に座れる椅子として配置しました。

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1934–2007

1934年名古屋市生まれ。京都大学建築学科(1957年)を経て東京大学大学院博士課程所定単位修得(1964年)。1960年弱冠26才で建築の理論運動メタボリズムを結成、衝撃的に世界にデビューしました。「中銀カプセルタワー」(1972年、東京)はその代表作です。
 その後、機械の時代から生命の時代への変革を一貫して主張してきました。共生、新陳代謝(メタボリズム)、情報、循環(リサイクル)、中間領域、フラクタル(非線形)、生態系(エコロジー)等、45年間提言してきたコンセプトは、いずれも「生命の原理」という点で共通しています。その活動は世界20か国におよび、世界各地で完成した作品は高い評価を得ています。
 美術館や博物館建築でも、国立民族学博物館(1977年)、埼玉県立近代美術館(1982年)、名古屋市美術館(1988年)、広島市現代美術館(1989年)、入江泰吉記念奈良市写真美術館(1992年)、ヴァン・ゴッホ美術館新館(1990–1998年)、福井県立恐竜博物館(2000年)、長崎歴史文化博物館(2005年)、国立新美術館(2006年)など、数多くの作品を手がけました。

和歌山城を含めて作られた模型
最終の模型
建築記録写真
それぞれが完成当時の熱を伝える
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