美術館では直接に作品を扱う学芸員のほか、施設としての美術館を管理し運営する職員、来館者のみなさんに接する受付職員や展示室の監視員などが働き、それぞれが責任を果たしています。
美術館で働く人たちがそれぞれの仕事を頑張れば、もちろん館の活動は滞りなく進みますが、少し視点を広げれば、美術館はより魅力的になることもできます。例えば2015年から継続している当館のスタンプラリーは、受付職員の「ちょっとだけ得意なこと」から始まり、今ではこれを楽しみに来館してくださる方もおられます。「美術館に行こうかな」という動機を、展覧会以外でも生み出すことができた、当館独自の取り組みです。
さらに美術館という場を「美術館側/来館者側」と線引きするのではなく、多くの人が行き交う活動の場とすることで、活動はより多面的になり、地域における美術館自体の必要性も、揺るぎないものとなっていくはずです。2011年より継続して夏季に開催している「なつやすみの美術館」と題した展覧会は教育普及活動にも主眼を置き、2013年からは毎年、近隣の学校教員を中心とした有志グループと協働してワークシートを作成・配布して、多くの児童・生徒たちが来館するきっかけを作り出しています。この展覧会を通じて和歌山大学には学生サークル「美術館部」が誕生し、現在も当館で継続的に活動をしています。地域のNPO団体と協働で企画する、美術作家を招いたワークショップなども、「なつやすみの美術館」にとって、なくてはならない活動のひとつになりました。
振り返ってみれば、そもそも当館の活動の出発点には、この地域に美術館を作りたいという多くの人の思いがありました。当館では、現在も活動を継続する友の会をはじめ、当館を「わたしたちのホーム美術館」と思い、支えてくださる方が増えるような活動の種を撒き、ともに育てていきたいと考えています。
2015年から始めた当館独自の取り組みであるスタンプラリーは、展覧会ごとに出品作品をモチーフにした消しゴムはんこのスタンプを作り、台紙に押していきます。1年間の展覧会をひとつでも多く楽しんでもらおうと、これまで50個近くのスタンプを制作してきました。実は作っているのは、受付の職員だということをご存じだったでしょうか。学芸員と一緒に作品図版を選び、どのような表現をするか、相談しながら決めています。年々そのクオリティは上がり、スタンプを集めること自体を目的にしてくださる来館者の方もいらっしゃるようです。そうしたことをきっかけに、美術館の作品と出会ってもらうことも、職員の喜びになっています。
「和歌山県立近代美術館友の会」は、さまざまなかたちで当館を支え、また楽しみながら美術に親しむための組織です。多くの美術館に友の会はあり、入館優待などの特典がありますが、当館の友の会では会員に版画をプレゼントするという、他にない活動を行っています。
美術作品を購入することに対して、日本ではまだまだハードルが高いように思われます。しかし作品を買う人が増えることで、社会のなかでの美術の足場は確かなものになってもいきます。まずは自分の家に作品を置くことの第一歩として、友の会の版画プレゼントは大きな役割を果たしています。
これまでプレゼント版画を制作してくださったのは、以下の12名の作家たち。彼らもまた当館の活動を支えてくれています。
プレゼント版画制作作家(初回年度順)
吉原英雄、山本容子、安東菜々、横尾忠則、
集治千晶、坪田政彦、中路規夫、吉原英里、
出原司、安井寿磨子、舟田潤子、古本有理恵
当館では2011年から毎夏、「なつやすみの美術館」展を開催しています。この展覧会の出品作品は主にコレクションであり、毎回さまざまな角度からテーマを設けて、鑑賞経験を深める場としています。
2013年からは、美術館と教員を中心とした有志との集まり「和歌山美術館教育研究会」において校種別のワークシートを作成、配布することを始めました。この研究会は2011年に組織したものですが、それ以前にも県内の教育機関と協力して鑑賞カードセットを2年連続で製作した経緯があり、連携の蓄積と土台がありました。現在のワークシートは、特に近隣の中学校では夏休みの宿題として活用されており、毎年多くの児童・生徒たちが美術館を訪れるきっかけを作っています。今年はコロナ禍において活動の中断が危ぶまれましたが、リモート会議を行いながらワークシートを完成させ、展示室で配布することができました。
2015年からは、展示室の最後のエリアに、鑑賞を振り返り、アウトプットする場として「ワークスペース」と名付けた小さなワークショップスペースを設置しています。ここでは見たばかりの展覧会を思い思いに振り返りながら、色紙などを使って表現することができます。さらには他の来館者の作品が別の来館者のイメージを広げるなど、個人的な鑑賞活動が有機的に連鎖していく様子が、会期が進むにつれて増えていく作品からうかがえました。今年はワークスペースを設けることができませんでしたが、リモートでも展覧会に関われる方法など、新たな取り組みを始めています。
昨年からは、県内各地に出張展示を行う「おでかけ美術館」と連携し、作家を招いてコレクションの魅力を再発見する展覧会のかたちを実践しています。
こうしたさまざまな活動のプラットフォームとして、「なつやすみの美術館」は今年、10年目を迎えました。
「なつやすみの美術館」展では、2013年に和歌山大学教育学部と連携して、学生たちが展示室でファシリテーターとして鑑賞活動をサポートする活動を行いました。1日3回、2週間にわたって来館者とトークをする活動です。翌年からは学生有志による自主的な活動となり、2015年秋には大学内に学生サークル「美術館部」が発足して、継続的な活動の足場を得ました。今年の夏は回数に制限がありましたが、一方で「なつやすみの美術館」展以外での活動も行っています。
加えて「なつやすみの美術館」展では初年度より、特に大人も子どもも一緒になって展覧会楽しんでもらおうと、「こどもギャラリートーク」という取り組みを行っていましたが、2016年からは小学生限定の「こども美術館部」と題した通年の取り組みとして独立しました。ここに集まる小学生たちには何度も参加してくれるリピーターが多く、どのような展覧会であっても美術館を楽しみにしてきてくれる、当館の心強いサポーターとなっています。
和歌山市内のNPO団体和歌山芸術文化支援協会(略称wacss:ワーカス)は、2002年より当館と連携した活動を行ってきました。特にアーティスト・イン・レジデンス(滞在型の作品制作)やアーティストを招いたワークショップの活動では、開催中の展覧会とも関連させた事業を実施しています。
ここで一例として紹介する「リヤカーメラ」は、1階(「コレクションの50年」展)でも作品を展示していた佐藤時啓氏とwacss、そして当館が継続して行った活動の成果です。「リヤカーメラ」とは、その名の通り「リヤカー」に載せた「カメラ(・オブスキュラ)」で、佐藤氏が考案したものです。バイクや自転車で牽引して走ると、中の白いテーブルに外の景色が動画として映し出されます。
wacssと当館は2009年から2013年にかけて、複数回にわたって佐藤時啓氏を招聘してきました。2010年には佐藤氏が田辺市中辺路町にツリーハウスカメラを制作、そこを訪れながらカメラに関わるさまざまな体験活動を行ってきました。2013年には、ツリーハウスカメラを解体する必要が生じましたが、その廃材を用いて生まれ変わったのが「リヤカーメラ」です。そして今度は美術館や近隣の学校での、「リヤカーメラ」を用いた体験ワークショップへと展開しました。
こうした活動は、作家、NPO、美術館に加えて、さらに受け入れ先の学校、近隣のカメラ店、ボランティアの方々など、さまざまな人の力で支えられています。