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コレクション展2024-夏 特集:旅する美術

会期:2024年07月02日(火)~2024年09月23日(月)

コレクション展2024-夏 特集:旅する美術 川端龍子《芭蕉翁》1923年 当館蔵

当館は、1963年に和歌山城内で開館した和歌山県立美術館を前身として、1970年11月に、国公立としては日本で5番目の近代美術館として和歌山県民文化会館の1階に開館しました。1994年には黒川紀章の設計による現在の建物へ移転し、展示・保存環境を拡充させたミュージアムとしての活動を続けています。

コレクション展では、開館以来の活動を通じて築いてきた1万点を超えるコレクションから作品を選び、およそ季節ごとに展示替えを行いながら、和歌山ゆかりの作家を軸とした近現代美術の流れを中心に特集コーナーも設け、コレクションの特色と多様な美術表現をご覧いただいています。

今期の展示では、特集に「旅する美術」というテーマを設けました。観光、仕事、勉強など、私たちが旅に出る理由はさまざまですが、美術家も予期せぬ出会いや新鮮な体験から作品を生み出す着想を得るため、数多くの旅に出てきました。また旅することを表現要素として取り込んだ作品も生まれています。

ふりかえってみれば、2020年からおよそ3年間、私たちは新型コロナウイルス感染症の感染拡大にともなって、旅に出られない、あるいは出るのが難しい日々を過ごしました。移動に関するさまざまな制限が解除されたのは、わずか1年と少し前のことです。旅のない日々を過ごしたいまだからこそ、改めてその意味を考える手がかりとして、旅と美術表現の関わりをご覧いただきたいと思います。

コレクション展2024-夏
特集:旅する美術

旅とは、いまいる場所を離れて、よその土地に行くことです。本日ご来館くださったみなさまのなかには、旅の途中に、あるいはその目的のひとつとして、当館をご訪問くださった方もおられるかもしれません。
いまでは旅といえば、どこかで見聞きした美しい場所や景勝地を一目確かめる、あるいは評判の食べ物を食べるなどといった、観光的な要素を想起することも多いでしょうか。もちろん、さまざまに楽しむことも旅の大きな目的のひとつです。
しかし、知らない場所を訪れ、はじめての人と出会い、これまでにない体験をすることには、不自由さや苦労もともないます。古くより旅は、それらを覚悟して出るものでもありました。それでも人が旅に誘われ続けるのは、見知らぬ世界との出会いを求める心が、わたしたちに本能的に備わっているからなのかもしれません。
本特集では、旅をテーマにして、明治時代以降、現代までの美術作品を、いくつかのコーナーに分けて紹介します。展覧会を見て回ることも小さな旅といえますし、作品は過去の旅や、仮想の旅にわたしたちを連れ出してもくれます。この展示をめぐる旅が、いくらかでも今回の旅を充実させるものとなり、次の旅へ向かうきっかけとなりましたら幸いです。
それでは、どうぞ良い旅を。

 

 

旅人へのあこがれ

川端龍子《芭蕉翁》1923年 当館蔵

旅が大衆化し、一般の人が楽しむための旅に出かける、また出かけられるようになったのは、概ね江戸時代半ば以降と言われています。それまで長らく、旅とは辛く苦しいものでした。移動は基本的に徒歩、夜は野宿も多く、道は不案内で、病院はありません。旅には常に、食事や宿泊、病気や怪我、防犯などに対する不安や危険がともないました。
僧侶で歌人の西行(1118〜1190)は、23歳で出家したのち73歳で亡くなるまで、二度の東北行きや、四国行きを含む旅に出ました。西行が没後も長きにわたって多くの人に影響を与えることになったのは、優れた和歌とともに、修行とも言える厳しい旅に生きた姿が畏敬の念を集めたからです。江戸時代に活躍した俳人、松尾芭蕉(1644〜1694)も大きな影響を受け、それが自身の旅につながりました。古き旅人の姿は、近代の人々の心にも響く主題として画面に表されました。


 

描くための旅

神中糸子《塔の沢風景》1888年 当館蔵

絵を描くための旅、いわゆる写生旅行は、明治時代になって西洋から日本に持ち込まれた美術に関わる活動のひとつです。そこには自分が見つけた風景が絵になる、また絵にしても良いという考え方の理解もともなっています。江戸時代以前に描かれる風景は、基本的に名所、旧跡など、知られた場所でした。名もない場所に、自分だけの感興を見つけて絵に表すという行為は、近代的な美術のあり方です。
絵を描く楽しさは、明治30年代を迎える頃に、水彩画の普及を通して一般に広まります。それに大きな役割を果たしたのが水彩画家の大下藤次郎(1870〜1911)です。大下は水彩画の描き方を本や雑誌を通して紹介することで、全国的なブームを起こしました。合わせて紹介された写生旅行の様子は、その楽しさを多くの人に伝え、描くための旅に誘いました。

 

 


東へ西へ

高井貞二《松花江の船出》1941年 当館蔵

旅する大きな理由のひとつに、異文化への関心があります。知らない文物を実際に見たい、体験したいといった欲求は、人々を遠い旅に誘いました。プラハに生まれたドイツ系の画家、エミール・オルリク(1870〜1932)は木版画への関心から、1900(明治33)年に来日します。日本から美術を志す多くの人がフランスへと旅に出たのは、現地で学ぶのはもちろん、その風景や風俗を目にし、実際に空気を感じるためでもありました。戦前、日本人画家が東アジアを訪れ作品に表したのは、その土地にエキゾチシズムを感じたためでもありますが、一番近い外国が、帝国主義国として支配圏を広げた日本の外地であったという歴史にも目を向ける必要があります。
また同じ旅として括ることはできませんが、明治時代にはじまった海外移民は、和歌山からも多くの移住者を送り出しました。特に北米移民やその関係者のなかからは美術家が生まれており、彼らはアメリカの社会や風景を作品に表しています。

 

旅への誘い

前田藤四郎《白浜(和歌山県)》『新日本百景』より 1940年 当館蔵

旅する大きな目的に観光があります。明治時代以降、全国に鉄道網が広がるにつれて、観光を目的とした国内旅行も盛んになります。観光地開発が進められ、各土地の魅力発信にも力が注がれるなか、1927(昭和2)年、『東京日日新聞』と『大阪毎日新聞』は、読者による「日本新八景」の選定を企画します。この企画は大きな反響を呼び、6週間ほどの間に1億に迫る投票を集めます。美術家も作品を通して土地の宣伝に関わることがあり、特に複数制作が可能な版画は、地域の魅力をまとめて紹介するシリーズとしても刊行される機会が増えました。『新日本百景』は、1938(昭和13)年から刊行がはじまったシリーズですが、戦争の影響により1941(昭和16)年に39点で中断されます。樺太、朝鮮半島などがその中に含まれていることは、歴史的な状況を反映した当時の国土観を示しています。

 

 

ようこそ和歌山へ

原勝四郎《白浜風景》1948年 当館蔵

吹田草牧《紀南夏景》1935年 当館蔵

和歌山県はさまざまな魅力にあふれた場所です。江戸時代は御三家のひとつ紀州徳川家が治めており、その居城である和歌山城は、当館のすぐ北側にありました。
山々が連なり、深い森の広がる紀伊半島は、古くより神や仏の住まう聖地とみなされてきました。自然景物の崇拝から始まった熊野三山、空海が信仰の中心地に選んだ高野山と、人々が重ねた祈りは、やがて重要な霊場とそれぞれを結ぶ道、熊野古道を形づくり、それらは現在「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されています。半島を囲む海も変化に富んでいます。瀬戸内海の東端にあたる海は、南下するにつれてリアス海岸特有の複雑さを見せ、やがて力強い黒潮の流れへと連なります。ここで紹介する地域は、そのごく一部に過ぎませんが、白良浜や円月島のある白浜、那智の滝のある那智勝浦では、豊かな海産物とともにさまざまなマリンレジャー、そして温泉を楽しむこともできます。まずは作品を通して旅に出ていただき、ぜひ実際にその場所や、近くにも足をのばして訪ねてみてください。

 

旅して作る

旅とは、いまいる場所を離れて、よその土地に行くことです。物理的な移動をともなわず、本や美術作品などを通してもうひとつの世界に赴くことも旅のひとつです。知らない土地を訪れた旅人は、見たことのない風景やはじめての人と出会い、これまでにない体験をします。そのなかで大きな時間の流れを感じることもあるでしょうし、異なる物事の見方を知ることもあるでしょう。またそこで暮らす人々に自分を重ね、もしわたしがこの場所で生きていればどうなったのかと、別の生を想像することもあるはずです。わたしたちが旅する理由のひとつは、見知らぬ世界をいまいる世界につなげることで、いまの生をより豊かに感じることにあるのかもしれません。
展示の最後に、旅することが表現の重要な要素となっている作品や、旅する行為そのものを表現の一部とした作品、そして国内外から和歌山県に招聘した美術家たちが、和歌山を旅して生み出した作品を紹介します。旅を通して生まれたそれらの作品は、その土地の持つ風土やそこで重ねられてきた時間を、いまここにいるわたしたちとつなげてくれます。

 

展覧会情報

会場 和歌山県立近代美術館 1階展示室
会期 2024年07月02日(火)~2024年09月23日(月)
開館時間 9時30分〜17時(入場は16時30分まで)
休館日 月曜日(祝休日の7月15日、8月12日、9月16日、9月23日は開館)、7月16日(火)、8月13日(火)、9月17日(火)
観覧料 一般350(270)円、大学生240(180)円 ( )内は20名以上の団体料金
*高校生以下、65歳以上の方、障害者、県内に在学中の外国人留学生は無料
*毎月第1日曜日(7月7日、8月4日、9月1日)は無料入館日
*毎月第4土曜日(7月27日、8月24日)は「紀陽文化財団の日」として大学生無料
主催 和歌山県立近代美術館

関連事業

*会期中に行われるイベント

▶フロアレクチャー(展示解説)
7月21日(日)、8月11日(日)、9月16日(月・祝) 14時から1階展示室にて、1時間程度
*申し込みは不要ですが、観覧券が必要です。

こども美術館部(小学生を対象とした作品鑑賞会)
テーマ:てぃーてぃーしない?
日時:7月20日(土)、7月21日(日) 11時から1時間程度、両日同内容
人数:6名程度
*要参加申し込み 6月29日(土)9時30分からこちらで受け付けいたします。(時間までつながりません。)

同時開催

なつやすみの美術館14  河野愛「こともの、と」 7月13日(土)〜9月23日(月・休)

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