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館長のおススメ―4月の一品 佐藤時啓《Photo-Respiration “#330 Taiji”》

佐藤時啓
《Photo-Respiration ‘#330 Taiji’》1998年

「写真」は、カメラ・オブスクラ(暗い部屋/暗箱)と「感光剤」が組み合わさることで誕生しました。ピンホールや凸レンズが、暗い部屋の白い壁に外界の倒立像を映すことは古くからよく知られていましたし、光によって色や性質が変化する物質の存在も知られていました。しかし、これを組み合わせることで恒久不変のイメージを定着させるという、「コロンブスの卵」的な発明が生まれました。その後の2世紀足らずで、実用化のための実験が繰り返され、あらゆる可能性が試されて、ついに今日のような活況を迎えたのです。「写真」は、今日ではずいぶん手軽に撮れるようになりました。スマホや携帯にひとしくレンズが搭載され、ワンタッチすればたちまち電子記録となって、遠い友だちにも即座に送ることができます。しかし、私たちが「写真」を手に入れたのはつい180~190年前です。人類の600万年を超える長い歴史、いや直接の祖先ホモサピエンスが現れてからの20万年に比べても、一瞬のような時間に過ぎません。それまでずっと、人類は「写真」のない暮らしをつづけてきました。

佐藤時啓は、東京藝術大学彫刻科を卒業後、しばらくは金属彫刻に取り組んでいました。しかし、自らの身体とかかわることで生成される彫刻が、一種の不可視性・不可触性をまとって外の世界に放置されることに疑念を懐き、今度は自らを空間に置いて運動する時間を経験しながら、「彫刻」を身体に内在化する試みへと進みます。鑿(のみ)をペンライトや手鏡に持ち替え、シャッター開放の固定カメラに光を送って、いわば空間とその記録画像を彫刻したのです。

捕鯨で有名な太地町の海は、ごつごつとした岩礁がそこかしこに頭をもたげ、雲海のような靄(もや)に包まれた海面には、数多くの火の玉のようなものが見えます。古くからこの地で捕獲され、人間の生活を支えてきた健気な鯨たちの、まるで魂が発光するかのようなスピリチュアルな雰囲気があります。種明かしをすれば、長い時間をかけて海面を移動しながら、要所々々で手鏡に太陽の光を反射させ、遠くに固定されたカメラに一定時間光を送ることを繰り返して得られた写真なのですが、この制作方法自体、時空を自在に往来しながら、光のドリルでそこに穴を開けるともいうべき行為でしょう。時とともに移ろう光の反映が重層して、もやもやと翳(かげ)るネガ・フィルムには、点々と黒焦げたような痕が残されたはずです。それが反転印画された結果、現れた眼もくらむように白い斑点は、まるで太陽を通して灼熱のビッグ・バンの始原にまで私たちを引き込むようです。

この作品は、5月25日(日)まで一階展示室で開催中の「モノクロームの世界」に展示されています。

 

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