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わが国の近代美術館事情26

わが国の近代美術館事情26

(4)「和歌山県立近代美術館」の昨日、明日―その23

 

当館はことし開館50周年を迎え、それを記念して、前回もこのメッセージで触れた「もうひとつの日本美術史 近現代版画の名作2020」展を開催した。本展はまた、福島県立美術館と和歌山とのはじめての共同企画展として実現し、7月から8月にかけて福島で開かれた後、当館に巡回して11月23日に無事閉幕した。

だが、ここで「無事」という言葉を使わねばならないほど、現在、コロナ禍で、いかに展覧会を「継続して」開いていくかという問題に直面している。こどもから高齢者まで不特定多数の来館者によって成り立つ美術館・博物館施設の活動が、感染症への取り組みや、公衆衛生上の十全な対策を必要不可欠のものとしなければならなくなったからだ。入館に際しての体温測定、マスクの着用や消毒、そして「密」を避けるなどの入館者への配慮を徹底しながら、快適な鑑賞機会を提供していくという対応が欠かせなくなった。展覧会のみならず、コミュニケーションを要する教育普及活動などに対しても同様である。

以前にも取り上げたが、文部科学省公示(2011年)の「博物館の設置及び運営上の望ましい基準」には、「危機管理等」として、その第十六条に「博物館は、事故、災害その他の事態(動物の伝染性疾病の発生を含む。)による被害を防止するため、当該施設の特性を考慮しつつ、想定される事態に係る危機管理に関する手引書の作成、関係機関と連携した危機管理に関する訓練の定期的な実施その他の十分な措置を講じるものとする」とされ、続けて「博物館は、利用者の安全の確保のため、防災上及び衛生上必要な設備を整えるとともに、事故や災害が発生した場合には、必要に応じて、入場制限、立入禁止等の措置をとるものとする」とされている。

このように記されてはいるものの、「危機管理」については、阪神・淡路や東日本大震災の発生以降、地震や津波、さらには大型台風や豪雨による風水害などの自然災害を、まず念頭においてきた。和歌山でも、想定される南海トラフ地震に向けて、和歌山県博物館施設災害対策連絡会議の今後の活動も重要になってくる。

しかしここにきて、「危機管理」に記されていた「その他の事態」についても「十分な措置」を講じなければならない事項が現実のものとして立ち現れてきた。自然災害による「被災」であれば、休館措置という対応にも迫られるだろう。しかし、このコロナ禍のような場合ではどうか。たとえば展覧会では、多数の来館者を集めることが、その成果を示すひとつの数値目標とされてきた。だが、そうした姿勢はこのコロナ禍を機に、「密」を避ける上でも、確実に見直しを迫られるという新たな問題が浮上する。むしろ「当該施設の特性を考慮しつつ」、「いかに持続できるか」という意識をもって、展覧会、そして美術館活動自体そのものを、根底から問い直さなければならない事態に直面している。

その意味で、「和歌山県立近代美術館 コレクションの50年」展とともに、現在、当館で開催している「美術館を展示する 和歌山県立近代美術館のサステイナビリティ」展は、会期が残りわずかで残念だが(12月20日まで)、これからの展覧会のあり方、そして和歌山県立近代美術館の今後について新たな提言を発するユニークな企画となっている。

「サスティナビリティ」という単語は、今日よく耳にする。大阪から和歌山や白浜に向かうパンダをデザインしたJR特急くろしおでも、アドベンチャーワールドとJRのタイアップによる「SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS」のキャンペーンが告知されている。ヨハネス・イッテンの12色環よりさらにカラフルなこの「SDGs」のバッジを胸につけている人も、最近では数多く見かけるだろう。

それでは「持続可能性」とも訳すべきこの言葉に、「和歌山県立近代美術館」はどのように「持続」する「可能性」を見いだせるのか。当館の展覧会カレンダーでは、この「美術館を展示する」展について、「作品収集に留まらない幅広く多面的な美術館活動を、これからの50年、100年を見据えて考えるための機会」と、簡潔に記している。

「歴史に学ぶ」というが、自然や疫病など、過去の大災害では、「歴史」上に記録を留め、風化させないよう記念碑さえも設けられることがある。美術館では、作品収集の成果や展覧会活動の蓄積を記録として残し、受け継いでいく使命があるが、そうした経緯に立ち会う美術館員は、時代とともに入れ替わる。しかし、開館50年という記念の年を迎え、今、まさに私たちは「これからの50年、100年を見据えて考える」、その好機に遭遇している。

和歌山県は、1963年に活動を開始していた「県立美術館」時代を経て、1970年、和歌山県民文化会館内に近代美術館として開館した。以後、和歌山県ゆかりの作家を紹介する展覧会を中心に活動をすすめながら、1983年から「関西の美術家シリーズ」と題する現代美術展を連続して8回開催するほか、公立美術館唯一の「版画ビエンナーレ展」の5回展を最後に(1993年3月)、県民文化会館内での活動を終えた。

さらに1994年7月の現在の黒川紀章設計による新館への移転以後、27年の活動を「持続」し、現在にいたるまで「近代美術館」開館50年の歴史を刻んできたのは周知の通りである。そして本年、コロナ禍という未曾有の状況下ではあるが、ここに、二度と来ない50年の節目を迎えている。「50年、100年を見据えて考える」ことこそ、当館のさらなる「サスティナビリティ」を引き出す原動力となるに違いない。

(2020年12月12日)

 

 

 

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