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館長のおススメ―12月の一品 長岡國人《ISEKI/PY I》

長岡國人《ISEKI/PY I》1974(昭和49)
銅版、紙 / 39.4×49.3cm/ 作者寄贈

1966(昭和41)年、三年間のデザイナー生活を切り上げて西ベルリンに移住し、銅版画の研鑽を積んだ長岡國人。欧州各地の版画ビエンナーレで受賞を重ね、版画家としての地歩を築きましたが、80年代中葉から古和紙を用いる《石の脱皮》シリーズへと転回、やがて銅版画制作にピリオドを打ちます。そして1991(平成3)年に帰国後は、京都精華大学で教鞭を執るかたわら、同シリーズをさらに《大地の脱皮》シリーズへと発展させ、スケールの大きな仕事を展開してきました。しかし、それらすべてはドイツで専念した銅版画に胚胎するものではなかったかと思われます。

この作品は、1970年代から80年代初頭にかけて発表した、《HORIZONT(ホリゾント)》や《ASAMA(浅間)》の両シリーズとならんで、長岡の代表的なシリーズ《ISEKI》の記念すべき第一作です。ニードル(鉄筆)による線刻だけではなく、松脂を散布した原板に筆で防腐処理を施しながら面的なニュアンスを出す「アクアチント」を併用し、フロッタージュ(擦り出し)やサンドペーパーまで用いて、多彩な効果を狙っています。そうして得られた二枚の凹版に三色のインクを充填し、プレス機で紙に強く圧着されたイメージがこの寒々とした光景を生み出すのです。

彼方が暗闇に閉ざされた果てのない平面上に、左上方を射るかのごとき特徴的な三角錐が遠近に三つ、繰りかえされます。即座に想い起されるのはカスパー・ダビット・フリードリヒの名高い《氷の海》(1823-24年)でしょう。《希望号の難破》の別名で呼ばれるように、フリードリヒのこの作品は、閉塞的な社会に行き場を失った難船の、あえていえば悲喜劇を、凍りつく氷海が砕け散る華々しい形象に閉じ込めましたが、長岡が描き出す世界は一層シンプルな分厚い氷層と大地の物語です。褐色の表土が矩形に削り取られ、下の汚れた氷層が姿を現します。それも四角く彫り窪めると、やおら三角錐の尖峰がその姿をあらわにします。右から伸びる紅白縞の薄板は、発掘現場から「希望」への、望みをつなぐ艦橋ででもあるのでしょうか。

しかし、この尖峰はフリードリヒの氷山とは違って固い実体を持ち、マッターホルンのようにも見え、また長岡が生まれ育った信州佐久の南につづく、八ヶ岳連峰赤岳の形状にも似ています。そして、尖峰の周囲そこかしこに姿を現す、伐採された巨木の根のような暗褐色の塊は何なのでしょう。佐久の北には噴煙止まぬ浅間山があり、長岡も《ASAMA》シリーズで、ストレートにその大地の営みをテーマとしました。凝固した溶岩流の先端が、風雪に加え人間の営みで削られた姿、と見てもあながち的外れではないと思います。

氷河と熱いマグマ、そして人間の歴史が角逐して静寂を取り戻した荒野に、果たして「希望」の痕跡は見出されるのでしょうか。

この作品は12月17日から開催の「人間と宇宙のドラマ:吹田文明・堀井英男・長岡國人」展でご覧いただけます。

 

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