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館長からのメッセージ/2012.4.12

美術館に初めて勤務する日は、春の大嵐でした。世にいう春一番とか、そんなに生やさしいものではありません。気象関係者は「爆弾低気圧」というらしいのですが、終日30メートルからの暴風が吹き荒れ、横なぐりの雨も半端ではない本当の大嵐だったのです。ガラス貼りのアカリヨム(水槽)みたいな館長室から、雨滴の束がほとんど水平に、小枝や塵あくたを巻き込みながら飛び去る様を、日がな一日眺めていました。「降り込み」とかいって、たしか雨は引っ越しに縁起が良いのでは、などとぼんやり考えながら……。

 

翌日も風は強かったのですが、一転して春の光が満ちあふれ、庭の芝生や和歌山城の石垣が雨後のうるんだ大気にみずみずしく、桜の花も一気に咲こうかという陽気になりました。まことに、日本の自然には変幻自在の多様さがあって、それがある時は人間の歩みさえ押し返す強力をふるい、ある時は人間の営みをふんわり包み込む安らぎを惜しみなく与えてくれます。この両極端の姿を、たった2日間で和歌山の自然は見せてくれたのでした。

 

といっても、窓の外ばかり眺めていたわけではありません。この2日の「勤務」は、私に日本の自然と人間、そして美術と美術館活動をじっくりと考えさせる時間と、明日からの勤務に励むきっかけというか、心をひそかに奮い立たせるようなテーマを用意してくれたのです。

 

4月14日から6月3日まで、美術館は「人間と自然の美術」と題した展覧会を開催します。明治から現代まで、日本の自然がわたしたち日本人にどのような姿を見せてくれ、それを美術がいかに表現したのかが大きなテーマです。しかし、ありのままの日本の自然が眼の前にひろがるのではありません。西洋文明の考え方、ものの見方を理解し、わがものとすることで日本の「近代化」はなしとげられました。自然を客観的な外界ととらえることで、それを統御する近代技術が発展し、また美術においては従来の「山水」と異なる「風景」の眼差しが生まれました。いわば「西洋」というフィルターを通して作りかえられた日本の自然が「風景画」を誕生させるわけですが、その過程で自然を有用な資源として利用しつくすモダン・スタイルの生活が生まれ、一方で環境破壊による「つけ」も私たちにまわされてきたことを忘れてはなりません。

 

そうした西洋流の自然への接し方とは異なる、日本・東洋流の自然と融和的なものの感じ方も折ふし息を吹き返し、美術の世界では中国に起源をもつ「南画」が新しく見直されたりしました。このようなジグザグを繰り返しながら、近代化が行き着いた先の現代、日本でも世界でもこれまでとは全く違ったやりかたで自然にかかわり、そのアプローチそのものを「美術」として示す多くの作家が現れています。その方法は多岐にわたりますが、自然を征服・加工してその富を食いつくすのでも、自然に服従して生きのびるのでもない、まさに現代が探し求める新しい生き方を模索しながら、造形手段を駆使してつくりあげた作品群といえましょう。

 

思えば、昨年は東日本大震災に襲われたのをはじめ、本県にも甚大な被害をもたらした台風12号による豪雨災害など、自然の猛威を思い知らされた一年でした。しかし、それにも増して人間と人間、人間と自然の「絆」を強く意識させられた一年でもあります。「人間と自然」をテーマとしたこれらの美術作品を鑑賞していただき、その美しさにうっとりとされるもよし、明治以来の来し方に思いを馳せていただくもよし、ただ不透明な未来を生きてゆくための何かのてがかりを心の奥底に刻んでいただければ、なおのことよしと願っております。美術というもの、美術館というものの役割はそんなところにもあるのではないでしょうか。

 

2012年4月12日

館長 熊田 司

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