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館長のおススメ―7月の一品 瑛九《夜の子供たち》

瑛九《夜の子供たち》(瑛九フォトデッサン
作品集『真晝の夢』より)1951年

瑛九、横文字では「Q Ei」とサインする不思議な名前のアーティストをご存じですか。「仇英(きゅうえい)」なら知っている、という人がいるかも知れません。濃麗な風俗・美人画で知られた、明代の四大家と称えられる中国の画家です。しかし、瑛九(1911-1960)は宮崎県生まれのまぎれもない日本人画家で、本名を杉田秀夫といいます。

「九」「Q」で想い起こされるのは、たとえば日航機事故で御巣鷹山に散ったシンガーの坂本九。ヒット曲の「上を向いて歩こう」がスキヤキ・ソングとして世界中でヒットしたのは半世紀前でした。その少し後に藤子不二雄が生み出した「オバQ」こと「オバケのQ太郎」は、「ドラえもん」に先駆けてギャグマンガの草分け的キャラクターとなりました。そして近年では、村上春樹のミリオンセラー長編「1Q84」。いずれもこころ優しげで内向的、しかし矛盾に満ちた狭苦しい戦後日本の精神風土に生まれながら、世界へと突き抜ける発信力を秘める「Q」でしょう。経済のグローバリズム、すなわち物質的な富への欲望が世界に張りめぐらせた記号のネットワークではなく、精神の深部に通底する水路を世界中の人々につなげる力とでもいいましょうか。瑛九=Q Ei も、そうした発信力を持つ先駆者のひとりだと思います。玉井瑞夫が撮影した、大きな丸眼鏡の向こうに怜悧な知性を感じさせる眼が印象的なポートレイトは、地球すら超えて惑星外交信を行う宇宙人のような瑛九の容貌をとらえています。

戦前から世界普遍語を目指すエスペラント運動に熱心で、戦後は公募団体の権威主義を否定して、精神の自由と独立をなによりも尊重するグループ「デモクラート美術家協会」を1951年に結成した瑛九は、洋画、写真、版画、デザインといったジャンルの垣根も軽々と飛び越えます。とくに写真の分野では、1920年代に欧州で考案されたレイヨグラフとかフォトグラムと呼ばれるカメラを使わない写真に触発され、1936年すでに「フォトデッサン」と名づけた個性的な技法による作品を発表していました。印画紙の上に切り紙やネット(網)、線画を描いたガラスなどさまざまなものをのせ、ずらしたり時間を変えたりしながら露光して、ファンタスティックで楽しい光の世界を紡ぎ出す独創的な仕事に、瑛九は1950年からふたたび集中。デモクラート結成の年にはこの作品集を限定100部で出します。小さな紙片やくさぐさの物たちが形と意味を身にまとい、今にも動き出しそうな秘密の影絵芝居を思わせます。

1階コレクション展の「瑛九:紙の上の仕事」に展示していますので、その不思議な世界にぜひとも触れてみてください。

 

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