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館長のおススメ―6月の一品 佐伯祐三《広告のある門》

佐伯祐三《広告のある門》1925年
油彩、キャンバス 

暗い暗褐色調の地に、あるいは燃えるように赤く、また深い海のように青く色とりどりに重なり合うポスター。「地」といいましたが、実はどんよりした青灰色の空と冷たい舗道の帯に上下をはさまれて、固く閉ざされた頑強な門扉です。左右にすっくと立つ煉瓦造の門柱にも、お構いなしにポスターは貼られています。

佐伯祐三の作家イメージは、何といっても東京国立近代美術館の有名な《ガス灯と広告》など「ポスターが貼られたパリ風景」でしょう。わずか30歳でパリに客死する前年、病魔と闘いながら人間業とは思えぬスピードで制作した一連の作は、ポスター文字やテーブル、ベンチの脚、ガス燈までが、まるで魔法の杖で描いたかのような線と化して画面を跳びはね、はかない生命を終える羽虫の群舞にも似た切迫感が感動を与えます。それは1927年の秋、二度目の渡仏で再会したパリの街並みに昂揚する制作意欲が生んだ造形でした。しかし、佐伯の絵にポスターが目立つようになるのは一度目のパリ滞在も終わりの頃、1925年にさかのぼります。「現代装飾・産業美術万国博覧会」がパリで開催され、この博覧会名に由来するアール・デコ様式が流行デザインとなったその年でした。機械文明や抽象美術に由来する直線的要素の多いスタイルは、佐伯絵画にも通底する同時代的な特徴ですが、佐伯が描くポスターにはほとんど絵がなく、「コーコクは画のコーコクより字バカリの方がよいと思ふ。ともかく自分にはカンジヤスイ」と里見勝蔵への手紙にも記しています。

この作品でも文字ばかりがぎっしりと並び、中央右寄りに大きな青文字で書かれた「DAMIA」の文字がひときわ眼をひきます。自らヴァイオリンを弾き、R=コルサコフやストラヴィンスキーを愛聴した佐伯の絵には、バッハ、モーツァルトなど作曲家の名もたびたび書き入れられています。シャンソン歌手の名は珍しいのですが、曲を聴いて自殺者が相次いだという「暗い日曜日」で後年有名になる歌姫ダミアを、佐伯は好んだと伝えます。上方の文字「BOBIN」は、当時ダミアが「かもめ」などを演し物にしていたボビノ座を示す文字の一部かも知れません。孤独や絶望に満ちた辛い現実を歌うシャンソン・レアリストが持ち歌の大半でしたが、佐伯が聴いたこの時代のダミアは、未だ希望も交じる明るい声調を保っていたと思われます。

しかし、2年後これらのポスター文字は絶望交じりの乱舞を繰り返した後、夢のようにあとかたもなく消え、佐伯祐三の眼前には閉ざされた門扉だけが残されます。1928年の早春、死を予感した画家が小雨降るパリ街頭で思わず立ちつくし、凝視の末に描き上げた最後の作品は、二つの扉すなわち《扉》(田辺市立美術館蔵)と《黄色いレストラン》(大阪新美術館建設準備室蔵)でした。

その運命を予見させる暗示と徴候に満ちた先駆作品、それがこの《広告のある門》なのではないでしょうか。美術館1階展示室で開催中の「コレクション展 2013-夏」に展示されていますので、ぜひご覧になってください。

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