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(4)「和歌山県立近代美術館」の昨日、明日—その3
私は1980(昭和55)年、兵庫県立近代美術館(現兵庫県立美術館)に着任した。その時の辞令には「兵庫県教育委員会事務局技術職員を任命する 近代美術館勤務を命ずる」と書かれていた。兵庫県の学芸員採用試験を受験して採用されたはずなのに、「学芸員ではなかったのか」と思っていた時、上司からはやんわりと、「名刺の肩書きは学芸員として構わない」と言われた。5月1日付け採用だったこともあって、通常課される県の新人職員研修も受けてはいない。そして1年後に、「近代美術館学芸員を命ずる」との辞令を受け取った。
ここで「近代美術館」と明記されていることの重みについて、当時はまだ思いをめぐらす余裕などなかった。開館10年を迎えて、関西圏で主導的役割を果たすようになっていた近代美術館の学芸員として、かなりプレッシャーを感じていたことを懐かしく思い出す。
その後、主任・学芸員、主査・学芸員となり、それぞれ受けた研修は、県職員に課される行政上の自治研修であった。県立学校事務職、県立病院などに勤務する県職員たちとともに研修を受けた。幸い、文化庁主催による「指定文化財(美術工芸品)展示取扱講習」は、2年にわたり受講でき、50名ほどいた受講生には、今も交遊を結ぶ学芸員がいることは得難い経験だった。こうした経緯の一端をふりかえれば、ここに「学芸員」そのものの職名、そしてその業務について、考えざるをえない問題が浮上してくる。それこそが、いわゆる「日本型」の美術館学芸員の専門性のあり方とも結びついてくるだろう。
今年7月20日付けで、日本学術会議・史学委員会の博物館・美術館等の組織運営に関する分科会から、「21世紀の博物館・美術館のあるべき姿—博物館法の改正へ向けて」の提言が出された。「今日、博物館には組織運営上、憂慮すべき点が多々生じている」と、この提言「作成の背景」が冒頭に記され、「現状及び問題点」が列挙されている。これとも関連したシンポジウムが、来年1月20日に東京文化財研究所で開かれることになっており、私も参加したいと思っている。
このシンポジウムでもテーマとされる現行博物館法と、独立行政法人国立美術館法など、わが国では「博物館法」が一本化されず、しかも同法下における都道府県立の美術館では、教育委員会傘下の館も多く、制定から60年以上が経過し、見直しが行われなければならないのも当然だろう。そして、先の「提言」については、あらためて触れてみたいと思うが、ここで気づくのは、国立や都道府県立という設置母体の違いはあろうとも、私自身、国立や県立、そして市立の美術館に勤めていた経験から、いわゆる「行政」との関わりの中に、美術館が位置していることを痛感する。
博物館法に則れば、美術館や博物館は社会教育施設として、図書館などと同列にある。しかし、図書館は入館無料であるのにかかわらず、美術展では、近年は1000円以上の観覧料が徴収され、誰もそれを不思議に思わない。それは同法に、「博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる」(「博物館法」第三章第二十三条)の但し書きがあるからだ。だが、この法の精神からすれば、本来は無料であるはず常設展示においてさえも観覧料が徴収され、むしろこの但し書きは、まったく無意味だといって過言ではない。このことが象徴するように、博物館法における「調査、研究」にしても、予算的な裏付けがないままに、言葉だけが一人歩きしているような感がある。また、個人としての「調査、研究」という問題も残されている。
そして、「行政」との関わりとも連なるが、現在も都道府県立のほとんどの美術館や博物館は、学芸員について「研究職」とは位置づけられてはいない。和歌山県では、昨年度4月に学芸員が研究職と位置づけられ、今後は私も館長として、科学研究費代表資格が得られる研究機関指定達成のために尽力しなければならない。展覧会の開催に必要不可欠な図録についても、欧米では一般的である書籍として刊行できる体勢を整えなければならないだろう。その結果、展覧会の企画やコレクションの収集、そして教育普及など様々の業務と並行して、大学教員と同じように、外部からの研究資金の獲得、そして研究業績を課しての評価、自己点検作業が待ち受ける。
しかし、私などこれまで美術館の現場一筋に歩んできた者の眼からすれば、どうしても逸らすことのできない「現実」に直面する。理念や批判、そうした意見とともに、今日、日本の美術館が位置する状況、そしてその状況が引き起こされる「事情」について、さらに問いかけていきたいと思う。
(2017年12月27日)