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わが国の近代美術館事情7

(4)「和歌山県立近代美術館」の昨日、明日—その4

 

昨年12月25日付けで、全国美術館会議から『美術館の原則と美術館関係者の行動指針』の冊子が発行された。実現に向けて尽力された全国美術館会議の美術館運営制度研究部会の方々に敬意を表するとともに、個人的には、「原則と行動指針」の原形ともいうべき「美術館基準(案)」の策定を手がけられた酒井哲朗氏や雪山行二氏、前述の運営部会の中心メンバーであった浜田拓志氏ら、和歌山県立近代美術館の先輩館員諸氏が、この『美術館の原則と美術館関係者の行動指針』実現のために参画されていたことを知り、あらためて美術館界における和歌山県立近代美術館が果たした位置について考える機会を得た。また、本冊子の「あとがき」を担当された上記研究部会幹事の貝塚健氏から、当館の青木加苗学芸員も研究部会で頑張った旨の報告をいただいたことも、現館長として嬉しく思う。

一昨年、私が新居浜市美術館に勤めていた時、全国美術館会議の加盟館となるに際し、総会に出席したことがある。その時、このような「原則と行動指針」作成の準備がすすめられていることは、新設館にとってありがたいと、心から思っていた。なぜなら、美術館建設を推進した行政関係者に対してこそ、こうした「宣言書」ともいうべき文書があることを周知し、首長や直轄する教育委員会の長や職員らに、ぜひとも読んでほしいと痛感していたからだった。そして、美術館がどのような施設であるのか、何よりも「美術館関係者」から、この文書が発信されたことに意義がある。

同時に、現状、美術館の基盤となる「博物館法」についても、さらなる見直し再検討が必要であることはいうまでもない。だが、これまで「美術館」そのものの、まさに「原則と行動指針」のような文書がないこと自体、問題であったというべきだろう。私が前回から取り上げている「美術館と行政」のかかわりも、このことと深く交わる。そして、前回紹介したシンポジウム「これからの博物館のあるべき姿〜博物館法をはじめとする関連法等の改正に向けて〜」でも、ようやく博物館法や学芸員の研究体制についての議論が開始されはじめ、シンポジウム会場でも、この『美術館の原則と美術館関係者の行動指針』が、全国美術館会議から配布されていた。このことは、ようやくにして、日本の美術館それ自体の問題が、当事者から意識されはじめてきたことを物語る。

それというのも、私が学生時代を過ごした1970年代、美術史学の領域では、近代や現代を専門としようとする学生は、ほとんどいなかった。今でこそ、近代の日本画や洋画といったテーマで、卒論あるいは修論を書く学生は珍しくないが、今からたった40年ほど前の時代には、近代や現代の美術を研究対象にしようという雰囲気は、まだ芽生えていなかった。まして博物館学や美術館問題などを取り上げようとする学生も皆無であったろう。しかしながら、当時、「日本の近代美術」が研究されていなかったわけではない。

それを推進していったのが、わが国にはじめて生まれた近代美術館である神奈川県立近代美術館、そして国立近代美術館などに勤務されていた学芸関係職員の方々であった。ここであえて、失礼ながら「学芸関係職員」としたのは、まだ「学芸員」という職名すら普及していない時代であり、国立館は博物館法の対象外で、学芸員資格は必要なかったからだ。しかし着実に、こうした館員の方々の努力によって「近代美術」研究は深められ、「日本近代美術史」が形成されていった。

さらに、この気運が一挙に高まったのが、1970年代以降、兵庫県立近代美術館、和歌山県立近代美術館ほか、全国の自治体における公立美術館の建設である。学芸員が飛躍的に増加し、そして各地域の「郷土」美術の研究にも拍車がかかり、作家・作品の発掘がすすむとともに、美術館学芸員を目指して、学生たちも「近代」をテーマにした研究をはじめるようになった。

だが、ここにはまだ手つかずの、しかも矛盾をはらんだ問題が横たわっていたのである。それが、いわゆる美術館を所轄する教育委員会などの「行政」サイドと美術館現場との摩擦にほかならない。それが、博物館学や美術館問題と結びつく。そして、「近代・現代」美術研究の普及と、その推進母体となる施設が連動し、このような摩擦に対しての発言も増していく。

私事で恐縮だが、かつて勤務していた兵庫県立近代美術館でも、学芸員の処遇をめぐって、「行政職から研究職へ」という願いのもと、県職員組合のオルグの援助もあり、学芸員たちだけで職場をボイコットし、半日ストライキにおよんだ経験がある。これには、さすがに教育委員会でも問題となったようで、反省点も多々感じてはいるが。

しかし、今日ようやく、「学芸員」をめぐって、様々の角度から議論がはじまろうとしている、その気運を感じる。特に、これからも仕事を続ける若い学芸員の人たちに、何らかの道筋をつけていかなければならないと切実に思っている。そのために、前回紹介したシンポジウムが開催され、そして『美術館の原則と美術館関係者の行動指針』があることは心強い。シンポジウムでも、学芸員をめぐる問題は、当事者たち、すなわち学芸員から発していかなければどうしようもない、という発言があったのは印象的だった。もうストライキをしろとは言わないが、しかし、現場から声を発し続けなければならない。

次回は、シンポジウムの報告と所感、そして『美術館の原則と美術館関係者の行動指針』について思うことを、「行政と現場」の視点から触れてみたい。

(2018年1月28日)

 

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