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わが国の近代美術館事情15
(4)「和歌山県立近代美術館」の昨日、明日―その12
近年、とりわけ公立美術館では、作品購入予算の削減どころか、まったくゼロとなっている館も数多い。かつては億単位で予算がつき、いわゆる「目玉」と称して海外作品の購入に積極的であった館も、それははるか「昨日」の出来事で、「今日」そして「明日」さえも、そのようなことは二度と考えられないといった風潮があることも否めない。
前回の最後に記したが、「作品購入を経験したことのない若い学芸員も多い」現状も見過ごせないと思う。購入できなければ寄贈を促すことこそ学芸員の腕の見せ所だとも言えるが、それも購入という後ろ盾があってこそできることである。
私も駆け出しの頃、個人コレクターのもとに作品借用にうかがった際、「私の大切な作品を、あなたの館に貸し出すのだから、あなたが梱包しなさい」と言われ、緊張しながら作品を扱ったことを思い出す。それは桐箱に入った小出楢重のガラス絵だった。学芸員の力量を試す以上に、自らが入手した大切な作品を、他人に「貸し出す」ときのコレクターの思いも伝わってきた。展覧会に借用した作品を無事に持ち主にお返しするのが、学芸員の第一の務めである。けれども、担当した展覧会に出品がかなった個人の所蔵品を、何とか美術館のコレクションに加えられたら、というのも学芸員の正直な願いだろう。
和歌山県立近代美術館は今年度、2016年に開催した「動き出す!絵画」展に出品され、個人蔵であった岸田劉生の《男性肖像》(1912年)を収蔵した。これは同展の担当学芸員が発掘した貴重な劉生作品だった。私も館長として、着任早々学芸員とともに、所蔵者のもとへ挨拶に出かけた。長年に渡って所蔵されてきた貴重な作品を譲っていただけたのは、まさに展覧会の担当学芸員と所蔵者の信頼関係が実った結果だった。
実は私自身も、現在の兵庫県立美術館の前身、近代美術館に在職していた間に、「動き出す!絵画」展にも出品されていた岸田劉生の自画像の代表作《樹と道 自画像其四》(1913年)の収蔵に関わった。それは、名も知られていない小説家であった私の義父から、当時東京在住であった所蔵者を紹介されるというまったく偶然の出会いだった。劉生が自信作と呼ぶこの自画像は、それまで所在もわからない未公開作品であった。そして、この作品を手放してもいいという所蔵者からの有難い申し出があり、幸い財団法人伊藤文化財団からの支援を得て収蔵作品に加えることができたのである。
さらに私事で恐縮だが、京都国立近代美術館に勤めていた2011年、「青木繁」展を担当した。その展覧会に出品された代表作《女の顔》(1904年)こそ、最後に残された個人所蔵の名作であり、当時の尾崎正明・京都国立近代美術館長と所蔵者のもとに何度も通い、手紙でもお願いを続け、幸運にも譲っていただいたことも忘れられない。青木を美術史上に位置づけた河北倫明氏が、長く京都の館長職にあったがゆえの経緯も後押ししていた。この作品はそもそも、青木が亡くなった翌年(1913年)に発行された画集に資金を提供した芝川照吉が、そのお礼に入手し、ご遺族がその意思を継いで守ってこられたものであった。京都国立近代美術館での収蔵披露となった2013年の「芝川照吉コレクション展」開会式にはお元気で列席されていたご遺族が、開催から一週間後、急逝されてしまったことには仰天するとともに、いかに大切にその意志を守り通されてきたかを思い知ったのであった。そしてこの芝川照吉こそ、まだ無名だった若き日の岸田劉生の支援者でもあった。
ここで、こうした事例を紹介できるのも、美術館として作品購入という収集活動の根幹が保障されているからであり、貴重な作品との幸運な出会いという側面はあるにしても、作品購入が可能だという事実こそ大切であると、ここで声を大にして指摘しておきたい。そして美術館予算規模の縮小とともに、作品購入を凍結してしまうという、目先のことだけしか眼中にない行為だけは避けたい。展覧会を開催し、ひとつの成果として出品作品の収集というチャンスを得ても、資金がなければどうしようもない。さらに館活動の長期的な見通しからも、ある時期にまったく購入予算が欠けている事態は異常だろう。収集・展示・保管の三位一体は、館活動の柱であり、新たな作品開拓の得難い機会にほかならないからだ。
加えて、美術館に職を得て、在職時に館コレクションの将来の一翼を担うような作品収集を手がけられることは、まさに学芸員冥利につきるだろう。そして、その作品が名品であればあるほど、執拗に追いかけようという姿勢も生まれてくる。現在、和歌山県立近代美術館の作品購入予算も、かつてのことを思えば、きわめて限られたものでしかない。しかし、まずはこれを死守し、この制約の中であっても、所蔵者との信頼関係の構築から作品入手も実現するはずだ。
(2018年12月27日)