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わが国の近代美術館事情32

わが国の近代美術館事情32

 

(4)「和歌山県立近代美術館」の昨日、明日―その29

 

前回のこの「館長メッセージ」でも紹介した2部構成の展覧会「和歌山の近現代美術の精華」が、早いもので前期・後期の展示替えも行い、いよいよ会期もあと10日ほどを残すばかりとなった。

和歌山ゆかりの近現代美術の名作が、第1部では28のユニークな視点に33作家約190点、第2部でも、12名の写真家の作品約250点が集結する展覧会は、今後開くのも難しく、この好機にぜひご高覧いただきたいと思う。そしてお隣の博物館でも、新たに宮内庁の三の丸尚蔵館所蔵の「皇室の名品」を集めた展覧会がはじまった(明年1月23日まで)。こちらも見る機会も少ない美術作品や工芸品が並び、下村観山の《光明皇后》(1897年)の大作や川端龍子の《松鯉図》(1938年)も出品されているので(いずれも前期展示)、ともに足を運んでいただきたい。

さて、「和歌山の近現代美術の精華」展について、あらためてふりかえれば、ひとつの県にゆかりの近現代美術を彩る作家を紹介する展覧会は、意外にも余り開かれてこなかった。それというのも、現在開館している県立や市立の公立美術館の多くは1970年代から90年代にかけて建設され、開館から間もない館では、地元の近現代美術を調査研究し、そして展覧会として紹介する試みも活発に行われていたが、近代作家の大規模な個展も含め、近年こうした企画は減少傾向にあるからだ。

和歌山県立近代美術館とともに1970年に開館した兵庫県立近代美術館では、1976年に「県内洋画壇回顧」展を開催し、1982年には、続いて「県内日本画壇回顧」展を開いていた。和歌山県でも1984年に、当時の三木哲夫学芸員が「和歌山の作家と県内洋画壇展〈1912−1945〉」を企画担当し、その成果は「和歌山の近現代美術の精華」展にも生かされているが、兵庫も和歌山も、それらの展覧会は今から40年近くも前に開かれていたものだ。私も、和歌山の近代美術を再考するにあたり、三木氏が同展覧会図録に書かれた「和歌山県洋画壇小史(戦前)」や年表から学ばせていただいた。この企画がなければ、和歌山の「県内洋画壇」については、まず知られることもなかったに違いない。

しかしながら、こうした活動こそが公立美術館の使命であるとともに、美術館を育んでいく生命線でもあることを、今回の「和歌山の近現代美術の精華」展は主張している。それはすなわち、地方からの文化の発信のひとつの貴重な事例であり、絵画や彫刻、版画にデザインなど、和歌山県ゆかりの作家が優れた作品を生み出し、日本美術史で貴重な足跡を残していることを、今回の展覧会はあらためて物語っているからだ。

以前、この「メッセージ」でも触れたことがあるが、地方に位置する図書館には、必ず「郷土コーナー」がある。その書棚を見れば、その町が輩出した人々や産業が、手にとるようにわかる。美術館は図書館とは異なり、実「作品」を集め呈示して、歴史を紐解いていかなければならない。

その意味でもぜひ知っていただきたいのは、当館は、1963年に開館した前身の県立美術館時代から、1970年の県立近代美術館の開館を経て現在にいたるまで、実に数多くの和歌山ゆかりの作家たちの展覧会を開いてきたことである。おそらく、日本の公立美術館で、当館はそうした郷土作家をもっとも数多く紹介してきたのではないだろうか。

県立美術館時代には、最初に個展が開かれた川口軌外(1963年)にはじまり、日本画の日高昌克、彫刻の保田龍門らの個展を連続して開催し、近代美術館としてスタートしてからは、彫刻の建畠大夢や日本画の野長瀬晩花、版画の浜口陽三らを続けて紹介している。その後も、版画の吉田政次や田中恭吉、村井正誠や下村観山、建畠覚造をはじめ、「和歌山の近現代美術の精華」に加えるべき美術家たちの展覧会を開催してきた。

今回私も、「和歌山の近現代美術の精華」を語るにあたり、まずこの歴史を知らなければならないと、第1部の図録では「年表」担当を自ら申し出た。だが、何分にも不備が多く、学芸員たちに校正の段階でかなり助けてもらったが、この和歌山の歴史を知らなければ何もはじまらない。先に触れた三木氏の展覧会や図録「年表」などからは、実に多くのことを学ばせていただいた。

そして「和歌山の近現代美術の精華」では、「観山、龍子から黒川紀章まで」と、いかにも当館らしい出品作家の作品を学芸員全員で選び出していった。下村観山展でもほとんど取り上げられたことのない、兄・下村清時の木彫や能面。屏風としても破格の大きさの川端龍子の宮内庁三の丸尚蔵館所蔵になる《南山三白》(1929年、前期展示)や、大田区立龍子記念館の《筏流し》(1959年)の大作。和歌山を代表する彫刻家親子の建畠大夢・覚造、保田龍門・春彦。文化学院の創設者・西村伊作の活動や、同じく東京で組織された和歌山県出身の作家集団・南紀美術会。2016年から17年にかけて、当館が中心となって新たに光を当てたペール北山こと、北山清太郎の活動。田中恭吉や恩地孝四郎、そして逸見享らの版画。県立美術館時代から個展を開催してきた川口軌外、日高昌克、石垣栄太郎らに加え、県立近代美術館時代の初期から紹介してきた日本画の野長瀬晩花、版画の浜口陽三や吉田政次、洋画の原勝四郎。村井正誠、稗田一穗をはじめ、和歌山にゆかりがあったことも驚きのデザイナー・山名文夫や具体美術協会の松谷武判。そして現代の宇佐美圭司、野田裕示、鈴木理策に、当館の新館設計者・黒川紀章までを網羅して第1部は構成され、当館の所蔵作品に加えて、数多くの美術館ほか35か所の機関と個人所蔵家の協力を得ることができた。

加えて、前回も触れた和歌山出身の写真家・島村逢紅を中心とした第2部とともに、和歌山ゆかりの作家たちの作品を、ぜひじっくりとご覧いただきたいと思う。

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