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わが国の近代美術館事情34

わが国の近代美術館事情34

 

(4)「和歌山県立近代美術館」の昨日、明日―その31

 

新年度を迎えて、和歌山県立近代美術館は53年目の活動がはじまる。そして和歌山城と対峙するように建つ黒川紀章設計の新館も、建設されてから早くも29年を数える。美術館が活動を持続していくために、その環境整備の基盤となる建物内外の大規模な改修工事も、今後、視野に入ってくる。

前回紹介した戦前の旧島村逢紅邸洋館(1926年)や、1961年竣工の渡辺節設計の旧和歌山大学松下会館、増田八郎設計の名建築、和歌山県庁舎(1938年)などとともに、当館の建築も、後世に引き継がれるべき建築遺産となるだろう。

ところで、隣り合う同じく黒川設計の博物館、そして美術館外周辺を歩いてあらためて感じるのは、市中にありながら、両館の建築が自然と共存する環境に恵まれていることだ。いつも通勤時には、信号待ちをする交差点から美術館を仰ぎ見て、和歌山城に向かって突き出た幾重もの大庇の奇抜さを思い、美術館建築としての壮大さも実感する。和歌山城を望めるガラス張りの館長室からは、時にカップルや子ども連れだったり、犬を連れて散歩を楽しむ人たちだったりに鳥も加わって、心和む光景を眺めることもできる。

門や壁もなく、市中でこんなにのんびりと散策を楽しむことのできる美術館も数少ないだろう。レストランなどに自由に出入りできる美術館はあっても、建物の周囲を自由に歩き回れる美術館は余り例がない。そのためにも、快適な環境の整備は欠かせない。

展覧会活動とともに、コレクションを充実していくことは美術館の重要な使命だが、活動の場となる建築自体こそ、美術館の性格をもっとも鮮明に主張する「作品」にほかならない。美術館が建設されて、美術館が位置する周辺環境や都市そのものの表情が変わり、街のランドマークとなっている事例もある。そして当館は、数多くの美術館建築の中で、ひときわ個性豊かな作例だと思う。

最近、黒川紀章の建築が話題になることが多い。それは1972年に竣工した東京・銀座の中銀カプセルタワービルの老朽化による解体工事がはじまり、その再生と保存の機運が高まってきたからだ。カプセルタワーも、一度見たら忘れられない存在感を発し、カプセルの内装も、竣工当時には、時代を超えたような雰囲気だったに違いない。
カプセル内には、オープンリールのテープレコーダーが備えつけられ、カセットテープやCDが普及するまで、それはラジオから流れる音楽を録音して聞くひとつの「ライフスタイル」であった。黒川紀章の著作『共生の思想』(1987年)もサブタイトルには、「未来を生き抜くライフスタイル」とされている。カプセル内に残された録音テープも、ぜひ聞いてみたいものだ。

さらに、同じくソニー製のラジオやテレビ、固定電話もあり、円形の大きな窓が個性的なカプセル住居は、「未来」の感覚を体感させてくれる空間だった。誰もが憧れた「モダン」な生活を問い直す実作品として、近代美術館にこそ、この「カプセル」がコレクションされてもいいのではないか。それというのも、黒川紀章らが発想したメタボリズムの具体作として、後世に伝えるべき象徴的な「建築作品」であるからだ。

建築の外観のみならず、インテリアの什器のデザインや配置も同様である。和歌山県立近代美術館では、昨年開催した「和歌山の近現代美術の精華」展の第1部で、あらためて黒川紀章の当館建築や内装について紹介する貴重な場となり、それは「モダン・アート」を再考する機会となった。

そして4月9日から、「コレクションにみる世界の版画」として、「モダン・プリンツ」を集める展覧会がはじまった(6月26日まで)。

展覧会チラシには、「本展のタイトル『モダン・プリンツ』とは、近代版画という意味でありながら、美術作品としての版画そのものを指しています」としている。先に紹介したカプセルタワービルでも、「モダン」という言葉を使ったが、今回の「モダン・プリンツ」展でも、ポスターやチラシのイメージに、アンリ・マティスの造形と音楽の感覚が融合する『ジャズ』と名づけられた版画作品(1947年)が使われている。

1917年にアメリカで「ジャズ」の最初のレコードが録音され、ジャズはその後もニューヨークのキャバレーなどで展開し、「即興演奏」というモダン・ミュージックの革新をもたらした。日本ではジャズ喫茶なども登場し、日常の「モダン・ライフ」に浸透していく。カプセルタワービルのインテリアにテープレコーダーが組み込まれたのも、ラジオから流れるFM音楽を録音し、聞きながら過ごす「ライフスタイル」が提案されていたからだろう。ポップ・アートの旗手アンディ・ウォーホルの版画も、ポップ音楽のように、インテリアとしての「ライフスタイル」に浸透していった。

版画と音楽に思いをめぐらせば、本展にはカンディンスキーの詩画集《響き》(1913年出版)も出品されている。カンディンスキーは、1911年の正月、当時無調音楽の可能性を探っていたアルノルト・シェーンベルクのコンサートに行き、音楽でも新たな表現が生まれようとしていたことを確信する。そしてカンディンスキーは、自ら木版画で「抽象」表現を開拓し、それを《響き》上で、「音声詩」の手法による詩作と版画の造形による「総合」として実現した。

本展覧会には、前衛音楽家のジョン・ケージの版画がないのは残念だが、マックス・クリンガーのその名も《間奏曲》(インテルメッツォ)の連作もあり、音楽との関連から「モダン・プリンツ」を見るのも面白い。その他にも、パブロ・ピカソの《貧しき食事》(1904年)や《泣く女》(1937年)、パウル・クレーの《情熱の園》(1913年)といった版画作品の代表作が並び、担当した青木加苗学芸員が見つけたエミール・オルリクやヴァルター・クレムの新収蔵作品はじめ、和歌山版画ビエンナーレ展の実行委員会から寄贈された貴重な現代版画も見られる。表現豊かな版画に、確かに「モダン」の感覚が響いている。

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